ラブレター・フロム・ブラッセルズ

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第12回 西フランドル州とリンブルク州

今年も春の訪れとともにエリザベート・コンクールの季節がやって来ました。このコンクールはクラシック音楽界の登竜門として世界3大コンクールの1つに数えられています。部門はピアノ、バイオリン、声楽及び作曲の4つに分かれており、今年は3年振りにピアノ部門の年です。先日、コンクール事務局から第一次予選への参加者75人の氏名が発表され、その中に日本人8人が入っておりました。今年は応募者が過去最高の283人に及んだそうですから、DVDによる事前審査段階での倍率が3.8倍だったことになります。しかも、驚くべきことに第一次予選に出場する75人のうち、韓国人が17人、中国人が9人おり、日本を含む3ヵ国だけで全出場者の半数近くを占めることになります。クラシック音楽界における東アジアの存在はますます大きくなっているようです。さて、公開演奏となる第一次予選が始まるのは5月6日からですね。日本からの若き演奏者には大いに頑張って欲しいと思います。

フランドル地域の2人の市長

先日、ベルギーの最西端にある西フランドル州を訪ね、2人の市長を表敬しました。最初はブリュージュ市(人口11.7万人)のレナート・ランデュイト市長。ランデュイト市長は社会党に所属し、市長には今年1月に就任したばかりですが、かつては、フランドル地域政府の副首相や連邦政府の運輸大臣を務めるなど長い政治経歴を有しています。私は市庁舎において市長立会いの下で訪問の記帳を行い、短時間ながら懇談の機会を得ました。私から、年間に17万人とも言われる日本人観光客がブリュージュを訪問していることに触れると、市長から最近は日本の若い新婚カップルが市庁舎の一角にある14世紀創建の「ゴシックの間」で改めて結婚儀式をして記念写真を撮るのが流行っているという話が紹介されました。最後に、市長から来る5月9日に行われる「聖血の行列」に来賓として招待したいとの申し出があり、喜んでお受けしたいと答えておきました。この行事は、毎年キリスト昇天祭の日に、12世紀の第2回十字軍の折にフランドル伯爵がエルサレムから持ち帰ったと伝えられる「聖血の遺物」をいただきながら中世の騎士装束の行列が市内を練り歩くという華麗な催しです。今から楽しみです。

2人目はイーペル市(人口3.5万人)のヤン・デュルネズ市長です。イーペル市についてはこの「よもやま話」(第1回)でご紹介したように第一次世界大戦時の最大の激戦地として知られ、今回の訪問では市長自ら戦争記念館(昨年6月に全面改装)を案内してくれました。市長は昨年まで連邦の上院議員を務めた後、今年1月に市の助役に選出されたのですが、市長に当選したイブ・レテルメさんがパリに本部があるOECDという国際機関の事務次長を継続して務めているために当面は代理のような形で市長職にあるようです。日本とは制度が違うためにちょっと理解し難い状況ですね。イーペルの市庁舎の玄関には騎士の鎧をまとった大きなネコの人形が据えられており、いきなりイーペルが「ネコの街」であることを知らされます。市長からはお土産としてネコの縫ぐるみを頂戴し、「ネコ祭り」にも招待されたのですが、3年に1回行われる本行事は次回が2015年ということですから、はてさて私のベルギー在勤がその時まで続いているのかどうか・・・。

ルーヴァン・カトリック大学と欧州大学院大学

昨日、ブリュッセルの東30kmほどのところにあるルーヴァン・カトリック大学(「よもやま話」第3回御参照)から講演の依頼があり、ウェア学長はじめ教授・学生合わせて300人近い方々を前に「21世紀における日本の挑戦」という演題で45分ほどお話をし、その後の質疑応答にも応じました。東日本大震災と原発事故から2年が過ぎて、被災地域の復興はどうなっているのか、原子力発電とエネルギー政策はどうなるのかなど大学関係者の対日関心は強かったように感じました。また、昨年末に安倍新政権が誕生したことで、日本の外交政策や経済金融政策にどのような変化が出てくるのかについても質問がありました。私からは今後の日本の挑戦として少子高齢化社会やポスト・インダストリー時代の新たな価値観の創出といった問題も取り上げました。実は、先週、大学新聞(発行部数9千部)の編集部からインタビュー依頼があり、その内容が今週初めに記事となっておりましたので、多くの方が講演前から私の話の要点は予め理解してくれていたようです。こういう企画はとても有意義ですね。

また、先述のブリュージュ訪問の折、同市にある欧州大学院大学を訪ねました。この大学は、欧州統合について教育と研究をする一年制の専門学校で、学生数は322人(ポーランドの分校には120人)おり、その出身国はフランス、英国、ドイツなど欧州諸国を中心に55ヵ国に及んでいます。今年度のアジアからの学生は中国人2名のみですが、過去には日本人学生が在学したこともあります。ポール・デマレ学長自身、昨年末に日本を訪問しており、アジアからの学生をもっと増やしたいとの意向を表明されました。大学運営経費はEU予算とベルギーの連邦・地域両政府からの補助でほぼ半分を賄っており、残りの半分が学生の収める学費だそうです。その学費は年間2.2万ユーロ(約270万円)と高めですが、全寮制であり、しかも奨学金を受けている学生が多いようです。卒業生にはEU官僚や各国政府職員、それに政治家になっている者が多く、現在デンマークの首相を務めるヘーレ・トーニング=シュミットさんも卒業生の一人であるとのことでした。確かに、1年間の寮生活で寝食を共にした仲間が欧州各国に散らばり、それぞれ要職に就いているというのは大変な人的ネットワークですね・・・。

企業訪問第7弾はリンブルグ州の日本企業

先週、ブリュッセルの東100kmほどにあるリンブルグ州のゲンク市(人口65千人)を訪ね、2つの日本企業を視察しました。リンブルグ州は北側と東側でオランダと国境を接しており、30分も車で走ればドイツにも到達してしまう位置にあります。州都のハッセルト市周辺も含めると日本企業が10数社進出しています。私が先ず訪問したのは住友ベークライト・ヨーロッパ社で、社員230人のうち140人ほどがゲンク工場で働いています。この工場自体は50年近い歴史を有するようですが、住友ベークライト社が買収したのは2000年で、その4年後から現在の社名で操業を続けているようです。製造しているのはフェノール樹脂で、主に自動車タイヤの形状固定剤として使われているようですが、様々なプラスチック製品の材料としての用途もあるとのことでした。住友ベークライト社は2005年にもベルギー西部のゲント市近郊にある工場を買収しており、全欧州に販売市場を拡げているようです。フェノール樹脂は20世紀の初めに米国系ベルギー人のレオ・ベークランド博士によって発明されたのですが、百年の歳月を経て日本企業がそのベルギーで製造・販売しているというのも奇縁ですね。

次に訪問したのは日東ヨーロッパ社です。同社はゲンクとイスタンブールに工場を有しており、ゲンク工場(従業員650人)では1974年の創業開始以来主に金属板を保護するための産業用テープを製造しているようです。欧州での販売実績(2011年)は176百万ユーロ(約210億円)で、市場シェアとしては5~7%とのことでした。親会社である日本の日東電工は1918年の創業以来アジア(特に中国)を中心に事業を拡大し、今や世界に107の会社を有し、年間6500億円(約55億ユーロ)の総売り上げを誇る大会社に成長しています。ヨーロッパでは米国の3Mやドイツ、フランスの企業が市場を寡占している状況ですが、日東ヨーロッパ社にも一層の販売拡大を期待したいと思います。

ベルギー第2のビール会社

ベルギーと言えば先ずビールなのですが、その製造現場を見る機会はなかなか有りません。先述した、リンブルグ州訪問の折に、ベルギー第2のメーカー(市場シェア12%)であるアルケン・マース社の工場がハッセルト市の近くにあるというので工場見学を申込みました。同社(従業員500名)はベルギー国内に3か所の醸造所を持っているのですが、社名にもなっているアルケン市にあるビール工場では140人の従業員によって年間140万ヘクトリットル(ビール・グラスで5.6億杯分)のビールが製造されているとのことです。小瓶で1時間当たり12万本がベルトコンベアーの上を完全機械化された工程で製造されている風景は壮観でした。同社ではおおよそ10のブランド名で27種類の商品が製造されているとのことですが、その中ではクリスタル、アフリゲム、モールスビットなどの名前が良く知られています。この地にビール工場が最初に出来たのは1923年だそうで、いくつかの会社が合併してアルケン・マース社になったのは1988年のことです。ただ、近年、ベルギー国内でのビール消費が大きく落ち込む中、業界の淘汰も急速に進行し、アルケン・マース社も2008年にオランダのハイネッケン社に身売りし、本社もオランダ国境に近いメッヘレン市に移されているようです。ベルギーのビール輸出は堅調に伸びているのですが、国内メーカー間での生き残りを掛けた離合集散はますます激しくなっているようです。

 

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