大使のよもやま話

平成26年6月2日

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第54回 天下分け目の総選挙

英仏海峡トンネルを最初のTGVユーロスターが運行して昨日で20年が過ぎました。フランスのカレー駅と英国のフォークストーン駅を結ぶ全長50.5kmの海底トンネルは土木工事としては「現代の7不思議」の1つと言われているようで、1751年にフランス人エンジニアのニコラ・デスマレが英仏間を結ぶ海底トンネル構想を発表してから260年以上の歳月がたっています。ドーバー海峡トンネルとも呼ばれるこの海底トンネルは1987年に英国側の建設工事が始まってからわずか7年弱で完工しており、世界最長の海底トンネルである日本の青函トンネル(全長53.85km;営業開始は1988年)が27年の歳月をかけて完成したことに比べれば驚くべきスピード工事でした。しかし、英仏海峡トンネルの運営・管理は当初見積もりの6倍という建設費と旅客数が想定の3分の1という見込み違いなどもあって巨額の赤字経営となり、2006年には一旦経営破綻しています。その後、フランスの商業裁判所で更生手続きがとられ、現在は、グループユーロスター社が英仏両国政府から今世紀末までの事業委託を受けて運営しています。ベルギーのブリュッセル駅からもユーロスターは利用可能で、ロンドンまで列車の旅(所要時間2時間)が出来ます。勿論、英仏海峡トンネルは車で通過することも可能であり、昨年の場合は、一日当たり平均1万台以上の乗用車やトラックが利用しているようです。なお、交通機関用のトンネルとしては2018年に完成が予定されるスイスのゴータルドベース・トンネル(57.091km)が世界最長になります。ただ、こうした長いトンネルを車で通るのは何となく恐ろしいですね・・・。

<歴史的な総選挙>

先週の日曜日、ベルギーの将来を占う上で極めて重要な「歴史的な総選挙」(地元ベルギー紙)が、国内の3つの地域議会の選挙と欧州議会へのベルギー代表議員を選ぶ選挙と同時に、行われました。選挙の結果は即日開票で判明するはずでしたが、一部でコンピューターの集計システムにトラブルが発生し、最終結果が発表されるまで2日遅れるというハプニングもありました。今回の総選挙は150名の連邦下院議員を比例代表によって選ぶものでしたが、何故この選挙が「歴史的」であったかというと、ベルギー北部(オランダ語圏)の分離を主張して急成長して来た「新フランドル同盟(N-VA)」という政党の集票次第でベルギーという国が南北に分裂し、現在の連邦制から「国家連合(コンフェデレーション)」に向かう可能性が大きくなるからです。そうなれば、事実上、国の中に2つの国が出来ることになり、「ベルギー」という国名は看板だけになりかねません。こうした状況の中でベルギーの人々がどのような政治選択をするのかが今回の選挙で問われたのです。結果は、北部フランドル地域で「新フランドル同盟」が大勝し、連邦議会でも第一党の地位を不動のものにしたものの、南部ワロン地域(フランス語圏)では前回と同様に社会党が第一党になり、今後の連立政権の構成に複数の可能性を残す状況となりました。少なくとも「国家連合」に向かって一気に事態が進展する状況ではないようです。2010年の総選挙の時には新たな連立政権が樹立されるまでに541日を要したベルギーですが、果たして今回はどうなるのでしょうか・・・。

<三井倉庫エクスプレス・ヨーロッパの社屋移転式典>

10日ほど前、三井倉庫エクスプレス(MSE)ヨーロッパの社屋移転式典がザベンテム空港近くの新社屋で開催され、来賓として出席しました。この会社は既にベルギーに進出していた日本企業2社が合併して2年ほど前に誕生したトヨタ系の物流企業です。航空貨物輸送が中心ですが、海上や陸上の輸送、そして通関業務の代行も行っており、いわゆる「一貫輸送」のグローバル・ネットワークを展開しています。MSEヨーロッパ社は英国、チェコ及びトルコにも拠点を擁し、従業員数は約50名(うちブリュッセル本社に約30名)で、日本人は7名(うちブリュッセル本社に5名)。今回の社屋移転で事務所と倉庫(1800m2)が一体化することになり、日常業務が便利になったとのことです。式典には日本の親会社から郷原専務取締役が出席されており、今後の積極的な事業展開に意欲を示しておられました。私は祝辞の中で経済活動におけるロジスティックスの重要性を指摘し、日欧双方の経済状況に改善が見られ日・EU間のEPA交渉も進展する中、MSEヨーロッパ社の一層の発展を期待しますと申し上げました。ロジスティックス業界は競争が激しく、ベルギーにも日本企業が数多く進出していますので、切磋琢磨して物流を大いに支えて欲しいと思います。

<大使公邸で開いたBJA報告の発表会>

先日、日白協会兼商工会議所(BJA)の投資委員会が取りまとめた「ベルギーと周辺国の投資環境の比較」という調査報告書の発表会を大使公邸で開催しました。BJAのデクラーク会長をはじめメンバーら50人ほどが出席し、野村正智投資委員長の説明を聞くと共に、既にベルギーに進出しているダイキン・ヨーロッパ社のホーレルベーケ会長から実体験報告がありました。野村委員長の説明によれば、ベルギーの投資環境に関する国際的なイメージは必ずしも良くないが、実際には総合的な生産性(従業員1人当りのGDP)やグローバル化指数で世界1位であるなど極めて良好な投資環境にあるようです。更に、物流の面で見ると、道路網や鉄道網の密度そして物流用一等地の賃借料の安さの面で世界一であり、港湾の総合評価でもアントワープ港が欧州一になっているとのことでした。この他、経営大学院の質やベルギー人の多言語能力など既に国際的に高い評価を受けている点も投資環境を良好なものにしています。ダイキン・ヨーロッパ社のホーレルベーケ会長の報告では、ヨーロッパの中心にあるベルギーの地の利、優れたインフラと生活環境の良さ、EU、NATOといった国際機関の本部がブリュッセルに所在することなども投資先としてのベルギーの魅力を高めているとのことでした。今回のBJA報告の中で意外だったのは、一般にベルギーの法人税率が高いことがマイナス要因として指摘されるが、実際にはさまざまな優遇措置がとられているため実効税率は26.3%ほどで、これはドイツやオランダより低く、英国やイタリア並みであるとの説明でした。この事実は、対ベルギー投資の可能性を検討している外国企業にとって、名目税率を国際比較したデータでは得られない貴重な情報のように思います。

<ベルギーの大学から名誉博士号を授与された日本人化学者>

先週、ルーヴァン・カトリック大学(UCL)で、春田正毅・首都大学東京教授らに対する名誉博士号の授与式が行われました。同大学理学部のナノ・サイエンス研究所が主催した今回の式典では、春田教授による金ナノ粒子の触媒作用に関する研究への高い評価が名誉博士号の授与理由であると説明されました。従来の化学的常識では金(ゴールド)は不活性で触媒に不向きと考えられていたのですが、春田教授は1981-82年に客員研究員としてUCLに留学していた時期に金がナノ粒子になると優れた触媒作用を発揮することを発見したのだそうです。式典には30年以上も昔の留学時代に春田青年の指導教授だったという方も高齢を押して出席されておりました。春田教授が優に80歳を過ぎたこの老人に向かって「研究者としての今日の私があるのは先生のお陰です」と語りかける姿を目の前にして私も胸が熱くなりました。春田教授は留学後もUCLとは共同研究などを通じて交流を続けたそうで、日本とベルギーの学術交流が意外なところで行われていたことを知り、嬉しく感じました。春田教授はノーベル化学賞の候補者の一人と目されている著名な研究者であり、そうした方がベルギーと深い御縁をお持ちであるということも驚きですね。

<ヤンセン家の結婚披露宴>

先々週の週末、ベルギーで1、2を争う富豪といわれるヤンセン家の一族の結婚披露宴がブリュッセルの郊外ユルプにある同家の邸宅で行われ、知り合いとなっていた新郎からの招待を受けて出席して来ました。結婚披露宴といっても日本のようにホテルで行われる格式ばった宴会ではなく、一種のガーデン・パーティのような楽しいイベントでした。入籍手続きを兼ねた結婚式はこの日の日中にブリュージュの市庁舎で行われており、教会での結婚式はベルギーのしきたりに則り日を改めて行われるようです。私が驚いたのは披露宴会場となったガレンヌと呼ばれるヤンセン家の邸宅の広大さでした。正門から入域して館の玄関に辿りつくまで車で10分以上延々と森の中を走らねばならず、敷地面積は少なく見積もっても100haは下らないと思われます。
yomoyama_054_jansen2来客の大半はヤンセン一族の親類縁者とベルギー経済界の大物で、唯一人のアジア人であった私としては少々場違いのような違和感がありました。もう一つ、今回の招待を受けて興味を惹かれたのは新郎新婦からの「プレゼント希望リスト」がインターネット上の特設ページに掲載されており、100以上の品物などの中からそれぞれの被招待客が贈りたいものを選べるようになっていることです。パソコン画面上に並んだ品物をクリックするとその品物は画面から消えるので新郎新婦からすれば同じプレゼントを複数贈られる心配がありません。贈る側も新郎新婦が欲しい品物が予め判り、しかもそれぞれに値段が表示されているので金銭を送れば買い物に行く手間暇も省けます。ベルギーの上流社会ではこうしたやり方が若いカップルの間で流行っているようです。なかなか面白いですね。

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