大使のよもやま話

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第11回 東日本大震災2周年の「日本週間」

2013年3月13日

yomoyama_011_flandersdog    英国の女性作家ウィーダ(本名はマリールイーズ・ド・ラ・ラメ)が1872年に発表した「フランダースの犬」は、日本では既に20世紀の初頭から児童文学の代表作の1つとして何度も翻訳紹介され、少年ネロと愛犬パトラシュの切ない物語は日本の多くの少年少女の涙を誘って来ました。ところが、作品の舞台となったベルギー・フランドル地方ではこの作品を知る人は少なく、評判もあまり芳しくないようです。むしろ、日本で人気を博し広く読まれていることが逆に驚きとなり、その謎を解明・検証するドキュメンタリー映画(2007年)まで作られています。米国でもこの作品は出版され、何度か映画化もされていますが、結末が悲劇的過ぎるとして、ハッピーエンドの物語に改変されているようです。ところが、これらの米国映画の日本公開版では原作通り主人公ネロと愛犬は最後に死亡するように再改変されているというから話は複雑です。先述のドキュメンタリー映画による解説では、ヨーロッパ人からすれば「負け犬の死」としか映らない話(司馬遼太郎の「街道を行く」・「オランダ紀行」でもこの説が紹介されていますね)が日本人の心に潜む「滅びの美学」と物語の悲劇性が共鳴して日本人に感動を与えたと結論付けられています。ただ、「フランダースの犬」をTVアニメ化した日本の作品はその後オランダの国営放送で放送され、視聴率80%を超える人気番組となったようですから、日本アニメの魅力には普遍性があるようです。先日、物語の舞台とされるアントワープ郊外のホボケン地区を訪ね、ネロとパトラシュの銅像を見てきたのですが、これも日本人観光客向けに1986年に建てられたもので、アントワープのノートルダム大聖堂前にはトヨタ社が寄贈した記念碑(2003年)まであります。はてさて、原作者のウィーダ女史は自作品をめぐる百年後の顛末をあの世でどういう思いで見つめているのでしょうか・・・。

<ブリュッセルで開催した日本週間>

    3月11日は東日本大震災から2年目。我が大使館はEU日本政府代表部と共催で「ブリュッセル2013日本週間」という追悼行事を行っており、初日の11日には王立美術館で「日本文化の夕べ」を開催しました。小雪交じりの悪天候にも拘わらず、ベルギー各界、外交団そして日本人会などから300人近い方々が出席してくれて、盛大な行事となりました。私は、1分間の黙祷をお願いした後の挨拶の中で、大震災と原発事故で多くの犠牲者を出し、今も避難生活を余儀なくされている方が30万人以上おりますが、日本政府と地元の方々が一致結束して復興・再建に最大限の努力をしていると報告しました。そして、被災者支援のために2千万円を超える募金をしてくれたベルギーの方々に改めて御礼を申し上げました。日本文化の紹介では、お茶や生け花、和太鼓、琴の演奏などを実演してもらいました。ブリュッセルで寄せ合ったこの日の「追悼の思い」が遠く日本まで届けば幸いです。

<企業訪問第6弾は2つの日本企業>

yomoyama_011_fujifilm    1週間前、シント・ニクラース市(ブリュッセルの北西50km、人口72千人)にあるフジフィルム・ベルギー社を訪問しました。同社がこの工場で印刷薬品や現像液などの製造を始めたのは1984年だそうで、来年に30年目を迎えます。現在の社員数は160人ですが、その多くが事務職というめずらしい工場です。2010年からは自社製品に加えて、委託契約によって同業他社の製品の製造も開始しているとの説明がありました。また、昨年からは富士フイルム本社の製品の販売も一体的に行っているようです。写真・印刷の世界は技術の進歩が著しく、デジタル・カメラの普及で写真フィルムが不要になるばかりか印刷すらしない人が増えて製品需要が変化し、更に携帯電話付属のカメラで写真を撮ることが一般的になると需要そのものが激減するといった新たな状況が生じています。富士フイルム社自体は、ライバル企業が市場から撤退する中で、製品のマーケット・シェアは拡大しているのですが、需要がそれ以上に減少していることで、難しい経営を強いられているようです。将来的には化学事業や医療・医薬品の分野を含めた多角的な事業展開の可能性も考える必要があるだろうとのことでした。
yomoyama_011_eval    その翌日にはアントワープ市にあるエバール・ヨーロッパ社(クラレ系列の事業会社)を訪問し、食品包装に使うプラスチック・フィルムの材料の1つとなるEVOH(エチレン・ヴィニールアルコール:直径2~3mmほどの透明な球状の粒々)という製品の製造工程を視察しました。プラスチック・フィルムの厚さは通常50~100ミクロンという極薄の多層構造なのですが、EVOHはその中間層の5ミクロンの厚さの部分に使用されるのだそうです。この製品を作っている他の大きなライバル企業が存在しない中、この製品は世界最大のシェアを誇っているそうです。同社は1997年にINEOSというスイスの石油化学企業の有する広大な敷地の一角に設立され、現在の社員数は日本人5人を含む107人。それでいて、販売市場はロシアを含む全ヨーロッパから中東にまで及んでいるというから驚きです。アントワープは米国のヒューストンに次ぐ世界第2の石油化学産業の集積地ですが、同時に世界で最もグローバル化されたベルギーの経済社会インフラを最大限に活用した企業戦略は大いに成功を収めているようです。

<ジーシー・ヨーロッパ社の式典>

yomoyama_011_gceurope    先日、ルーヴァン市でジーシー・ヨーロッパ社の事務オフィス棟開所式典が開催され、来賓の一人として出席しました。ジーシー社(昔は「而至社」と表記しましたね)は歯科医療材料及び関連機器のメーカーとして90年以上の社歴を有し、ベルギーにも1972年に進出し、1989年からはルーヴァンの工場で自社製品の製造を開始しています。ジーシー・ヨーロッパ社の社員(お互いを「仲間」と呼んでいます)は総勢292人で、このうち100人ほどがベルギーで働いているそうです。この日の式典には日本から中尾眞(まこと)社長がお出でになり、ベルギー側からもクリス・ペーテルス・フランドル地域政府首相やルイス・トバック・ルーヴァン市長らが出席しました。新しい事務オフィス棟はガラス張の白を基調とする内装で、間仕切りも社員間のコミュニケーションが取りやすいように工夫されていました。今後の一層の発展を期待したいと思います。

<ベルギー連邦議会の下院外交委員会>

    先週、フランソワ・クサビエ・ド・ドネア委員長や2人の副委員長を含む下院外交委員会の有力メンバーの方々と懇談する機会がありました。ド・ドネア委員長の議員歴は40年を超えるそうですが、懇談の席に出席してくれたヘルマン・ド・クロー議員(元下院議長)は更に長い議員歴を有し、連邦議会の全議員の中の最長老であるとのことでした。それほど高齢には見えないのに、ご子息が連邦政府の副首相を務めておられるのは少々驚きです。私からは、東日本大震災後の日本の復興状況や福島の原発事故を受けた日本の原子力政策などについて詳しく説明しました。各議員からは「アベノミックス」と呼ばれる安倍新首相の経済・金融政策について強い関心が示されました。また、日EU・EPA交渉の見通しも話題となりました。夜も更けて懇談が終わると、ある議員が「これから100km以上離れた自宅まで車を運転する」と言われたのにはびっくりしました。日本の場合、地方選出の国会議員は平日は東京の議員宿舎などに宿泊している方が大半ですが、ベルギーの場合は国が小さいこともあってブリュッセル市内に宿泊される方はおらず、皆さん仕事が終わると地元の自宅まで帰るのが普通だそうです。国ごとに国会議員の生活事情が異なることを改めて知らされました。

<ラ・ルービエール市のカーニヴァル>

yomoyama_011_carnival     一昨日の日曜日、ラ・ルービエール市の助役を務めるデストレベーク連邦下院議員から地元のカーニヴァルへの観覧招待を受け、小雪の舞う中、135年の歴史を有する「レタル祭」の模様を堪能して来ました。ラ・ルービエール市は、この「よもやま話」(第7回)でご紹介したように、ブリュッセルの南60kmほどのところにある人口8万人ほどの街で、ワロン地域(フランス語圏)では4番目に大きな都市です。19世紀の後半は炭鉱の街としても知られ、「レタル祭」も炭坑夫たちが厳しい仕事の合間の楽しみとして始めたと伝えられているようです(直ぐ南隣のバンシュ市で開催される有名なカーニヴァルとはライバル関係にある由です)。カーニヴァルはイースター(復活祭)の3週間前の3日間行われ、私が観覧したのは初日の模様の極く一部に過ぎません。11の町内会の若衆たちが仮装を競い合い、一般参加の地域住民団体の仮装グループと入り混じって市内を練り歩く行事なのですが、「ジル」と呼ばれる大勢の若衆8~9百人がカラフルな服装をして、籠に入ったオレンジを配って(投げて)歩くのが見世物の1つです。このカーニヴァルを特徴付けるのが、白い服装に肌色の仮面(赤い口ひげとあごひげ、そして緑色のサングラスが描かれています)を被る仮装者の一群なのですが、私が観覧した時間帯には見ることが出来ませんでした。ジャック・ゴベール市長には市庁舎前の広場で挨拶が出来ました。とにかく、悪天候にも拘わらず大変な人出で、身動きもならないほど。私は、飛び交うオレンジを避けるのに必死で、今一つカーニヴァルを楽しめなかったのが少し残念でした。

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