大使のよもやま話

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第17回 ベルギーの原子力事情

2013年5月13日

yomoyama_017_hall    先週の週末に「ハルの森」を訪ね、しばし散策しました。ブリュッセルが春爛漫の季節を迎えると、在留邦人の間では「ハルに行ったか?」と聞くのが挨拶のようになります。ブナの森の中にブルーベル(野生のヒヤシンス)の花が咲き誇り、さながら地表に青紫色のじゅうたんを敷き詰めたような光景に出合います。結構幻想的な眺めであり、「ベルギー一番の秘境」と表現する人もいるようです。こうした光景が見られるのは4月下旬から5月初めにかけての極く短い期間ですので、在留邦人の間ではお互いに注意喚起する意味で「ハルに行ったか?」と挨拶するようになるという訳です。場所はブリュッセルの南西30kmほどのところにある小さな村のはずれにあり、車でないとアクセスが難しく、しかも予め十分に地理を確かめておかないと道に迷ってしまうようなところです。案の定、私は道に迷い、何度も付近の住民に場所を尋ねたのですが、返事はさっぱり要領を得ません。それもその筈で、ベルギー人はおろか地元の住民の間ですら「ハルの森」を知る人は少ないのです。ところが、日本人の間では大変有名で、観光バスすら訪れるそうですから誠に不思議です。この謎を解く鍵は日本のテレビで放送された企業コマーシャルにあり、これを伝え聞いたベルギー在住の日本人の間で、その奇観が評判になったという経緯があるようです。まあ、「ベルギー一番の秘境」かどうかはともかく、在留邦人が春の週末に散策するコースとしては大いにお勧めと言えるでしょう。

<ベルギーの3つの地域政府>

    ベルギーには3つの地域政府があります。このうち、フランドル地域(オランダ語圏)政府のクリス・ペーテルス首相とお会いしたことは「よもやま話」(第6回)でご紹介しました。今回はワロン地域(フランス語圏)政府のドゥモット首相を表敬したのですが、予算問題で多忙を極める中での面会となりました。私から、ワロン地域には製造業を中心に日本から20近い企業が進出しているので引続き支援をお願いしたいと申し上げました。首相からは、ワロン地域には先端的な製薬業や航空宇宙産業の拠点があり、新素材やバイオ産業も盛んなので、こうした分野で日本企業との協力が進むことを期待するとのお話がありました。ドゥモット首相は昨年6月に訪日しており、日本文化に強い関心を持っていると付言されました。なお、ドゥモット首相は未だ49歳ですが、既に連邦政府で4つの閣僚ポストを経験しており、前任のワロン地域政府首相は現在の連邦政府首相のデイ・ルポ氏です。それだけでも、地域政府首相のポストの重みが推察出来ますね・・・。

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ドゥモット・ワロン地域政府首相

    なお、ブリュッセル首都圏地域政府との関係では2月下旬にギイ・ファンヘンゲル副首相とお会いしています。ファンヘンゲルさんは4年前に連邦政府の副首相(兼予算担当大臣)を務めており、その後、下院議員を経て、2年前からブリュッセル首都圏地域政府の副首相(財政・予算・対外関係等担当)を務めるというユニークな経歴の方です。私との懇談の席ではブリュッセルと東京の友好都市関係やブリュッセル進出日系企業との関係強化などが話題となりました。雑談の中で日本車の性能がすばらしいという話になり、今でも日本車を愛車にしていると語ってくれました。私としては、思わぬところに日本車ファンを見出し、嬉しくなりました。

<ナミュールの州知事、市長、そして地域議会議長>

    今月の初め、ナミュール市を訪問し、州知事、市長及びワロン地域議会議長の3人の要人に相次いで表敬する機会を得ました。デニス・マテン州知事はナミュール州が3つの空港に近く、河川交通の便が良く、高速道路も近隣を通っているという「交通の要衝」に位置するため、企業活動にとっての立地が大変良いことを強調されました。州庁舎は18世紀前半の建築で、当初はカトリックの宗教施設だったそうで、その中に礼拝堂があったのですが、その部屋は改修されて今は月に1回開かれる州評議会(議会)の開催場所になっているとのことでした。時代の変遷を感じますね。
    次にお会いしたマキシム・プレヴォ市長は未だ35歳という大変若い政治家で、日本との交流拡大に強い関心を示されました。ナミュール市と日本の大垣市(岐阜県)とが友好関係にあることから、自治体間の国際交流も話題となりました。市内にはナミュール大学があり、ITやバイオ・ナノ分野の研究も盛んなので、こうした分野での日本企業との連携も進めたいとの意向を示されました。更に、日本からの観光客の誘致が話題となった際、その日の昼に市内の高台にあるナミュール城のレストランで日本からの20数名の団体観光客と遭遇したことを紹介すると、どうすれば日本の旅行代理店と接触出来るかとの質問が飛んできました。今後、市長とは色々なことで協力出来そうです。
    後に、ワロン地域議会のパトリック・デュプリエ議長を表敬訪問し、地域議会の役割についてお話を伺いました。現在の議員総数は75名で、隔週で本会議が開催されており、地域政府の閣僚らから行政の現状を聴取したり、地域に権限がある事項について条例を定めたりしているとのことでした。地域議会は1980年の行政・司法改革によって発足しており、議会の建物も一見して真新しいのですが、12世紀に病院として建設されたものを大改修したものなのだそうです。本会議場の議長席の真後ろに「闘鶏」をデザインしたような大きな標章があるのでその理由を問うと、「燃えるように熱い闘争心」にあやかるためですとの説明でした。なかなか意味深長ですね。

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マテン・ナミュール州知事(中央) プレヴォ・ナミュール市長 デュプリエ・ワロン地域議会議長

<ベルギーの原子力研究所>

    ブリュッセルの北東80km、オランダとの国境まで10kmほどのところに、モルという小さな町があり、ここにベルギーの原子力研究所(SCK・CEN)があります。私は、先週、デコニンク理事長から招待を受け、この研究所を訪問しました。ファン・ワーレ所長等幹部総出の歓迎を受けて恐縮しました。ベルギーには現在7基の原子炉があり、電力供給の50%以上を原子力発電に依存しています。ただ、ベルギー政府は既に2003年に脱原発の方針を決定しており、2025年までにすべての原子炉の稼働を終える計画です。こうした事情もあって、原子力研究所では廃炉・解体技術の研究や、ミルハ計画を立てて、放射性廃棄物の保管などに関する国際共同研究を開始しようとしています。日本の原子力研究所(JAEA)もこの計画に参加する方針で、今後、協力の詳細な内容を協議することにしています。今回の訪問で大変興味深かったのは、研究所敷地内の地下225mのところに設置されているハデス実験施設までエレベーターで降りて、放射性廃棄物の保管研究の現場を視察することが出来たことです。これまで3千万年以上に亘って同じ状況を保っていると言われる乾燥粘土層の中に200mの横長のトンネルが出来ており、その粘土の中に放射性廃棄物を埋め込んで経年変化を調べているようです。「百聞は一見にしかず」とはこのことで、驚くことばかりの訪問でした。

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Source:SCK・CEN. Used by permission.

<再び「フランダースの犬」>

    2週間ほど前の週末、「フランダースの犬」の舞台とされるアントワープ市のホボケン地区で日本文化週間を締めくくるレセプションが開催され、来賓として出席しました。この日は、和太鼓教室と柔道のデモンストレーションが行われ、レセプション会場には生け花や折り紙も展示されていました。ホボケン地区は、19世紀末に英国人女流作家が著した「フランダースの犬」がとりわけ日本で愛読されて来たこと(「よもやま話」第11回ご参照)に着目し、毎年、日本のゴールデン・ウィークに合わせて日本文化週間を開催しているようです。いわば「町おこし」のような意味合いがあり、日本文化愛好者だけでなく観光客誘致に関心がある町内商店街の方々も参加しているとのお話でした。私は挨拶の中で、町中にあるネロとパトラッシュの銅像を拝見したが意外と小さいので驚いたと申し上げると、町役場の方から「もう少し目立つような工夫をしたい」とのコメントがありました。興味深かったのは、日本の土産物屋にある「何とか煎餅」や「何とか饅頭」のように、地元にはネロ・ビールやパトラッシュ・ビールからフランダース・チョコまであって、「フランダースの犬」の人気にあやかった品々が作られていることです。なかなかの商魂逞しさに感心しました。

<ブリュージュの宗教文化行事>

yomoyama_017_bruge    先週、ブリュージュ市のランデュイト市長からの招待を受けて、同市最大の宗教文化行事である「聖血の行列」を観覧して来ました(「よもやま話」第12回ご参照)。12世紀に第2回十字軍を率いたフランドル伯爵のテイエリー・ダルザスが聖地から持ち帰ったと言い伝えられる(これは伝説で、真相はちょっと異なるようです)イエス・キリストの血がブリュージュ市内の教会に今も保管されており、これを昇天祭の木曜日に運び出して市内を練り歩く行事です。私は、中央広場に設けられた貴賓席の最前列で、市長らと御一緒に観覧しました。行列はアダムとイブの話から聖血がブリュージュに持ち帰られるまでの聖書及び歴史物語を50以上の場面に分け、多くの市民がそれぞれの時代装束を身にまとって練り歩きます。いくつかの場面では本物のラクダや羊まで登場します。目の前で歴史絵巻を見るような迫力があり、1時間半ほどの時間があっと言う間に過ぎてしまいました。中央広場周辺は見物客で溢れ返っており、観光の振興という意味でも重要な行事なのではないかと思われました。

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