第25回 オードリー・ヘップバーンの生家
2013年8月1日
先月、フィリップ皇太子殿下が新国王に即位しました。ベルギー王室としては7代目の国王です。ベルギー王室がヨーロッパ各国の王室・貴族と深い結びつきを有していることは良く知られています。そもそも前回の「よもやま話」でご説明したように、初代国王であるレオポルド1世自身がドイツ貴族の出身ですし、その王妃はフランスのオルレアン公ルイ・フィリップ(のちのフランス国王)の王女というヨーロッパ国際政治の力学の中から生まれています。その後、5代に亘る国王の御妃の出身地はハンガリー、ドイツ、スウェーデン、スペイン、イタリアとなっています。現国王のマテイルド王妃はワロン地域(フランス語圏)バストーニュの伯爵家の御出身(祖父の代はフランドル地域のゲント近郊に在住)で、ベルギー王室史上初めての自国生まれの王妃です。更に、血縁という意味で、王妃の母親の血筋を見ると、ポーランド、ポルトガル、デンマークとも繋がっています。フィリップ新国王にはヨーロッパ各国の王侯・貴族の血が混じり合って流れているという感じです。また、親類・縁者という視点から歴代国王の王女たちの嫁ぎ先や王子の結婚相手の出身地を調べてみると、上述の各国の他、英国、オーストリア、ルクセンブルグとも繋がっていることが判ります。更に、これに王妃の兄弟・姉妹がヨーロッパ各国の王侯・貴族に嫁いだ先も考慮すると、親類・縁者の結びつきは際限もなく広がります。まあ、島国に住む日本人の目から見ると驚くべき国際性ですね。
<「リブラモン」という一大農業イベント>
今週の初め、欧州最大の野外農業見本市と言われる「リブラモン」のイベントを視察しました。開催場所はベルギーの南東の端、ルクセンブルグに近いアルデンヌ地方にある「リブラモン」という小さな町です。各種農業機械の展示に加え、畜産、林業、食品、水産、養殖といった農林水産業の全ての分野が対象で、参加企業は1800社(うち展示企業は800社)と言われ、30haの広い会場に4日間で22万人以上が来場するという巨大イベントです。今年で何と79回目というから驚きです。会場には政財界の要人多数が姿を見せており、ベルギー王室からロラン王子殿下(フィリップ新国王の弟君)がクレア妃殿下及び御長女のルイーズ王女(9歳)らと御一緒に視察をされておりました。今回の見本市は「木」がテーマだったようで、林業関係の展示が目立っておりました。私がこのイベントに関心を持ったのは主催者がブリュッセルの日本大使公邸の元家主の御子息で、着任後間もない頃に彼からイベントの説明を受け是非とも来場して欲しいと言われていたからです。彼は、クリスマス・ツリー用のモミの木を植林・販売する事業の他、「アルデンヌ馬」(脚が太く短く、ずんぐりとした体躯が特徴)と呼ばれる農耕馬の飼育も手掛けており、見本市会場にも展示されていて、ひときわ目立っておりました。北海道帯広のばんえい競馬に出場する馬を少し小さくしたような馬ですね。また、ベルギー・ブルーやブロンド・ダキテーヌと呼ばれる種の巨大な肉牛(体重が1トンを超える由)も大いに注目を集めておりました。勿論、馬や牛のほかにもさまざまな家畜が展示されていて子供でも楽しめそうなイベントでした。
<ヴィルヴォールド市と小松市>
先月の初め、ヴィルヴォールド市(ブリュッセルの北12km)を訪ね、ハンス・ボンテ市長にお会いしました。市長は最近まで市の助役を務めており、同時に過去18年に亘って連邦下院議員の職にあり、現在は厚生委員会の委員長の要職に就いています。ヴィルヴォールド市は1830年にヨーロッパ大陸で最初の鉄道(ブリュッセル・メッヘレン間)が開通した時に通過駅が設けられるなど結構古い町なのですが、際立った歴史建造物はなく、町並みは地味な感じを与えます。ただ、地理的にブリュッセルに隣接していることから、近年は毎年1.5%の割合で人口が増加しており、現在の人口は42000人の由です。経済活動は、自動車(フランスのルノー社)や食品産業(米国のカーギル社)などを中心に活発であり、VTMなどテレビ・メデイア本社の存在も目立っています。ブリュッセル空港まで車で10~15分という近さも魅力的ですね。
ヴィルヴォールド市は、日本の小松製作所が進出している関係で、1974年から石川県の小松市と姉妹提携しており、来年、40周年を迎えるために様々な行事が予定されています。高校生交流もその1つで、今月下旬には市で選抜された高校生8人が小松市を訪問する予定であり、その答礼として来年には小松市の高校生がヴィルヴォールド市を訪問する予定になっています。また、40周年に合わせて市内の公園内に日本庭園を造るプロジェクトが進行しており、ボンテ市長自ら造園予定地を案内してくれました。もう一方の小松市側にはバラ園を造る計画があるそうで、その図面も見せてもらいましたが大変立派なものです。いずれも近々に工事が始まり、来年5月の完成が見込まれているとのことです。姉妹都市がこのように交流を深めつつ具体的な事業を展開してくれるのは本当に嬉しいですね・・・。
<ベルギーに招待された日本の中学生たち>
先週、日本からベルギーに招待された2つの中学生グループとの出会いがありました。最初のグループは兵庫県姫路市からシャルルロワ市(ブリュッセルの南60km)に来た8名の中学生。両市が姉妹都市にある関係で、毎年、姫路市から10名近い中学生が招待され、5泊6日の日程でホームステイしつつ、地元の同年代の生徒たちとの交流や名所見学などをしているようです(「よもやま話」第24回ご参照)。私が出席したのは一行到着直後の歓迎会で、市の関係者やホスト・ファミリーの方々が初めて一堂に会したところでした。シャルルロワ市はベルギー南部フランス語圏の中心都市ですので、日本の中学生も覚えたてのフランス語で自己紹介をしておりました。中学生の場合、英語も勉強し始めたばかりですので、ホスト・ファミリーとのコミュニケーションに不安はありますが、身振り手振りも含めて何とか意思を伝えあい、楽しい日々を過ごして欲しいと思います。
2つ目は宮城県石巻市からルーヴァン・ラ・ヌーブ市(ブリュッセルの南東30km)を訪れた2人の男子学生(高校生と中学生)。これは、同市で活動するMIRAIというNGOグループが東日本大震災被災者支援事業として昨年から始めた招待プログラムです。この2人は2週間近いホームステイを予定しているようで、私が出席したのは滞在1週間が過ぎた時点で開かれたバーベキュー・パーテイの場で、地元の大学生やホームステイ先の家族ら大勢が出席しておりました。このNGOは招待資金を集めるために数か月前に地元の大学やいくつかの日本レストランと協力して日本の食文化を紹介するイベントを開催し、その売上金を招待用の旅費・滞在費に充当したようです。正に、ささやかな「手作りの事業」ですが、それだけに関係者の心がこもったイベントでした。
<歴史に名を残す2人の女性とブリュッセル・イクセル地区>
駐ベルギー日本大使の公邸がブリュッセル市の南部、イクセル地区にあることはこの「よもやま話」の中で何度か触れましたが、その昔、この地区に歴史に名を残した2人の著名な女性が住んでいたことは余り知られておりません。その一人は、19世紀最高のオペラ歌手と言われたマリア・マリブランです。彼女はベルギーが独立したばかりの1830年代に、再婚相手であるベルギー人ヴァイオリニスト、シャルル・オーギュスト・ド・ベリオと共にイクセル地区に居住しておりました。現在、その建物はイクセル地区の区庁舎になっており、先月、私がデクールテイ区長と懇談した場所でもあります(「よもやま話」第20回ご参照)。米国や欧州各国で人気を博したマリア・マリブランは28歳の時に落馬事故に会い、早逝しています。オペラの世界では伝説の女性になっているようです。
 もう一人は、20世紀を代表する大女優とされるオードリー・ヘップバーンです。彼女がベルギー生まれであることは聞いたことがありましたが、まさか、イクセル地区だったとは全く知りませんでした。先日、その生家を訪ねると、アパートの入り口に彼女の生家であることを示す小さなパネルが掲示されており、道路を挟んで真向かいの壁には女優となったヘップバーンの派手なペンキ絵が描かれておりました。彼女がイクセル地区に住んでいたのは5歳までで、両親の離婚と共にイギリスに移り、その後、母親の祖国オランダに渡っています。オランダでは多感な少女時代を過ごし、第二次世界大戦勃発と共に、ドイツの占領に抵抗するレジスタンス運動に身を投じたと言われています。アンネ・フランクと同年齢の彼女が、大戦終了後に「アンネの日記」に書き残されたもう一人の少女の不幸を知り、心に深い傷を負ったとされる話は良く知られています。「ローマの休日」の中の妖精のように美しい彼女に、こうした多難な生い立ちがあったことを想像するのは無理なことですね。
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