齊藤亜紀
ベルギー王立フランダースバレエ団 プリンシパル
私がベルギーに来るきっかけになったのは、日本でもよく知られている「スイス・ローザンヌ国際バレエコンール」でした。
まさか賞をいただけるとは思っていなかった私は、スカラシップ賞を受賞したものの希望校をすぐに言うことができず、コンクール委員会の人々を困惑させました。私の希望はヨーロッパへ行きたい、そして日本人が少なくできるだけヨーロッパを感じとれる環境に行きたいというものでした。
その時、このコンクールで審査員の一人だったベルギー王立アントワープバレエ学校のマリネラ・パネダ校長が「初日からとても気に入っていたの。ぜひ私の学校に来てほしいと思うけど、どう?」と誘ってくださり、16歳で全く知らないところへ行くのなら、こうやって気に入って誘ってくれるところがいいだろうという気持ちでベルギー行きを決心しました。実際マリネラは本当によく面倒を見てくれて、いつでも私の応援をしてくれる母のような存在です。
バレエ学校に入ってまず驚いたのは生徒の創造力と表現力でした。
バレエだけではなく、芸術という面に置いてベルギーは本当に興味深い国だと思います。歴史的なフランドルの巨匠達はもちろん、アントワープのクリエイティブなファッションデザイナー達、そしてベルギーには世界的に有名なコンテンポラリーのダンスグループがいくつも存在します。バレエ学校はクラシックが基本ですが、コンテンポラリーにもとても力を入れていて、それは生徒の創造力や表現力を養うという面でとても役に立っていました。
このバレエ学校には年に一度「Self Made」という生徒達が企画する舞台があります。ポスター作りから舞台の企画、作品をつくるのもすべて生徒です。この公演で自分の作品を上演したい10歳から17歳の生徒は、自分で作品に使う生徒と音楽を決め、振付けをし、リハーサルをして衣装も決めます。作品をつくりたい生徒が皆上演できるわけではなく、この公演を企画している高学年が作品のオーディションをするため、まずはそのオーディションへ向けての作品作りを始めます。面白くて子供らしい作品からメッセージ性の強いものまであり、今まで日本でクラシックバレエだけをして、先生に言われたことだけに集中してきた私は、芸術家の基本とも言える創造性と表現力を持ったベルギーの子供達に圧倒されました。もちろん生徒全員が振付けに興味があるわけではありませんが、皆、もう既につくられた作品を踊っても自分なりの解釈をくわえたり、自分というものをとてもよく理解していて自分の長所を最大限に伸ばしていく力も持っていました。
私は自分とはかけ離れた生徒達の自立性にカルチャーショックを受けましたが、同時にこんなに表現力を重視し、芸術家を養う学校に入れたことにとても感謝しました 。
バレエ学校には3年間在籍し、卒業と同時にベルギー王立フランダースバレエ団にハーフソリストとして入団、ソリスト、ファーストソリスト、そしてプリンシパルと昇格しました。バレエ団は古典からコンテンポラリーまで幅広い作品を上演します。プロのダンサーにとって与えられた作品を高い技術力で踊るのはあたりまえのこと。振付家の意図と音楽を十分に理解して表現する理解力、そして誰でもない自分らしさを表現する芸術性、ダンサーとしてだけはなく芸術家としての強い技術と精神力を求められます。
バレエ団は今年の11月15日に、私と私のダンスパートナーのバレエ団入団20周年を記念したガラ公演を予定してくれています。私のダンスパートナーは学校時代からの親友で、彼と踊ってもう20年以上が経ちます。一緒にバレエ団に入団し、今まで長い間二人でバレエ団の顔として世界中で一緒に踊ってきました。 国立のバレエ団が個人のお祝いのために公演を企画してくれるなんて信じられないようなプレゼントで、外国人である私がベルギーにこうやって温かく受け入れられていることをとても光栄に思います。
誰も知り合いのいないベルギーに1人で来て、バレエ以外の何も知らなかった私が、ベルギーで芸術の深さを知り、そして素晴らしい人達との出会いに恵まれました。ベルギーのバレエ関係者は「亜紀はベルギーでつくられた私達のダンサーだから」と言ってくれます。
日本という美しく繊細な国で生まれたことは、私に妥協しないで完璧を求めるという強い精神を育ててくれ、ベルギーという広い視野を持った国で表現力と芸術性を学び、そしてなによりも自分というものを掘り下げていけたことにとても感謝しています。
9月には東京で「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」が開催されるとのこと。バレエは、後ろでサポートしてくれる男性がいるからこそ、女性が輝ける世界です。男性と女性が力を合わせてより素晴らしい社会をつくっていけるようにこのシンポジウムを応援しています。
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