ベルギーの街角から:日本大使からの一言

平成30年2月19日

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第6回 ベルギーの冬

ベルギーに赴任して最初の冬を過ごしています。
  ベルギーは、東部や南東部のアルデンヌ高原を別にすれば、北海からほど遠からぬ距離に位置していることもあって、冬の間、極端に気温が下がったり、雪が厚く降り積もったりすることは、滅多にありません。その意味では、冬でも比較的過ごし易いと言うことが出来そうです。
  とは言え、問題もあります。一つ目は、体感温度です。冬の間も湿度が比較的高いため、温度計が表示する温度よりも、身体で感ずる温度は低くなります。最近では、インターネットでその日の天気と気温がすぐにわかるようになっていてとても便利ですが、気を付けないといけないのは、ベルギーでは、体感温度が実際の温度よりも低く、気温に比べて寒く感ずる日が多いということです。
  二つ目は、日照時間です。これも冬の間も湿度が高いことと関係がありますが、ベルギーでは雲に覆われる日が多く、時には雨や雪が降るため、冬の間に太陽の光が差す時間が限られます。
  この冬は、特に日照時間が短く、ベルギー中の話題となっていました。ブリュッセル南西のウックルにある王立気象観測所の発表によれば、昨年12月の一ヶ月間の総日照時間は10時間29分で、平年の4分の1以下、1981年からの観測史上最も短い記録となったそうです。また、昨年12月ほどではありませんが、今年1月の一ヶ月間の総日照時間も26時間59分と、平年の半分以下だったそうです。
  日本では、この冬は例年にない寒さと雪が話題になっているようですが、こちらベルギーでは、この冬は日照時間の短さが顕著で、これも気候変動の影響ではないかという議論があるようです。

このように、ベルギーの冬は、気温や雪という点では比較的過ごし易いですが、肌寒い日が多く、日照時間が限られるというのが特色です。これに対して、ベルギーの人達は、冬を楽しく過ごすための様々な伝統や工夫を持っています。もちろん、その中には、周辺の国々と共通するものも少なくありません。今回は、そうしたベルギーに見られる冬を楽しく過ごすための工夫と思えるものを、伝統的な行事から二つ、近代的な行事から二つ、合計四つご紹介したいと思います。

その一つは、言うまでもなく、クリスマスです。クリスマスが近づいて来ると、どこの町でもクリスマス市(マルシェ・ドゥ・ノエル)が立ちます。もともとは、クリスマスのための飾り付けの品々を売買するための市が起源だと思えますし、現在でも、多くの国でクリスマス市とはそういう性格のものに思えます。フランスのアルザス地方や、ドイツのバイエルン地方のクリスマス市は特に有名で、様々な飾り付けの品々を販売するお店が目立ちます。
  これに対して、ベルギーのクリスマス市は、やはりお国柄でしょうか、飾り付けの品々のお店に比べて、食べ物屋さんの数が多いのが特徴のように思えます。やはりビールなしには、ベルギーのクリスマスは始まらないでしょう。また、夜の冷え込みには、温かいワイン(ヴァン・ショー)がピッタリでしょう。飲み物があれば、つまみ物も必要です。フリットやワッフルのお店が出るのは、ベルギーの人達からすれば当然ということでしょう。この冬は、ブリュッセル市内の他に、リエージュとデルビュイの二つのクリスマス市を訪れる機会がありました。飲み物やつまみ物を手に、寒さに負けずに、夜遅くまでクリスマス市で時間を過ごし、友人と話に花を咲かせるベルギーの人達の姿が印象的でした。

2月上旬に行われるカーニバルも、肌寒く日照時間が短い冬を楽しむ工夫と伝統の一つと考えても良いように思えます。カーニバルの時期には、ベルギーの学校は休みになりますし、休暇を取るベルギーの人達も多いようです。この時期は、クリスマスの期間と同様に、ブリュッセル市内は人や車がとても少なくなります。
  ベルギー南部の町バンシュのカーニバルは特に有名で、2003年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。肥沃な火曜日(マルディ・グラ)に登場する、ダチョウの羽の帽子などで華やかに着飾ったジルを一目見ようと、世界中から観光客が集まります。この他にも、例えば、ブリュッセルの西に位置するアールストのカーニバルのように、ベルギーの各地域に、それぞれの地域の住民が行う伝統的なカーニバルが少なからずあります。これらには、参加者が果物または野菜を投げ合うことや、男性の参加者が女装してパレードすることなど、ある程度共通した要素が見られるようです。カーニバルには、春を呼び込み新しい季節の豊作を祈るという意味も込められているようで、それがこうした要素と結びついているのかもしれません。

クリスマスやカーニバルのような宗教と結びついた伝統的行事とは全く異なりますが、毎年1月中旬に行われるブリュッセル・モーターショーも寒く暗い冬を楽しく過ごすための工夫の一つと言うことが出来そうです。自動車メーカーがその年の新しいモデルを発表し、将来に向けた自動車のアイデアを披露するモーターショーは今では世界各地で行われていて、ブリュッセルだけが特に珍しいわけではありません。しかし、ブリュッセル・モーターショーには独特の特色があります。
  まず、歴史が長いこと。今年は第96回目でしたが、開始以来長い年月を経ていて、その意味では既に伝統になっていると言っても間違いではないでしょう。次に、開催時期です。その年に世界各地で行われるモーターショーの最初の機会になります。まだお正月気分が残っている時期に毎年開催することで、冬の行事という性格を強く示しているように思えます。更に、大衆性です。ブリュッセルのモーターショーでは、多くの展示場所に販売コーナーが併設されています。つまり、来場者が気に入った場合、そこで自動車の購入が出来る仕組みも備わっています。それもあってか、家族連れでやってくる来訪者が特に多いように思えました。ご夫妻のみならず、お子さん達も一緒に連れて来て、今度はどんな車を購入しようかとたっぷりと時間をかけて見て楽しむ。しかも寒くて暗い冬の季節に。皆で時間が過ごせるように、会場内には、子供向けのものも含め、食べ物や飲み物のブースが多数備わっていることは、言うまでもありません。ブリュッセル・モーターショーはまさに冬の行事の一つであるように思えます。

最後に、今回がまだ4回目ではありますが、3年に1度、今年は1月末から2月初めに開催されたゲント光の祭典も冬と密接に結びついた行事と言って良いでしょう。そもそも、ベルギー第三の規模のゲントのような大都市で、町中に光の芸術を展示しようとすると、どうしても夜の長い冬の季節を選ばざるを得ません。しかし、この時期に開催している理由は、むしろ、暗く寒い真冬の季節に市民皆で行事を楽しもうという積極的な意識であるように思えました。
  光の祭典がスタートするのは、仕事や食事が終わった午後8時からです。この時間になると、祭典の期間中は、市内の中心部では自動車はもちろん自転車の通行も禁じられます。市内35カ所、総計6.6kmにわたって展示されたプロジェクション・マッピングや様々な照明の技術を用いた光の芸術を、市民や観光客は歩いて見て回ります。訪れた日にちょうど雨が降っていたせいもありましたが、とても寒い。しかも参加者が大変に多い。文字通り肩を寄せ合うようにして、市の観光局が用意してくれるルート・マップに従って歩いて行きます。すると、次第次第に、皆で行事に参加しているという意識、ある種の一体感のようなものが生まれて来るのが不思議でした。恐らく、ゲント市の側では、こうした点も考えながら、冬のベルギーの新たな風物誌としてゲント光の祭典を企画しているように思えました。

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