第6回 高速道路とクラシック音楽
ベルギーでは高速道路を利用しても料金はかかりません。すべて無料なのです。日本で高額の料金体系にならされている日本人にとっては大変な驚きであり、また、これほど嬉しいことはありません。週末になると、ついつい出かけなくても良い遠距離ドライブに出かけて高額のガソリン代(1ℓが185円くらい)を払う羽目に陥っています。では、ヨーロッパではどの国でも高速道路が無料かと言うと、そうでもありません。無料化されているのは、ベネルックス3ヵ国(オランダ、ルクセンブルグを含む)の他は、ドイツと(ノルウェーを除く)北欧諸国くらいです。ドイツなどは高速道路の速度制限もありませんが、さすがにこれは例外的で、大半の国で時速120~130kmまでに制限されています。ノルウェーのように時速90kmが上限という厳しい国もあります。「よもやま話」(第2回)で、ベルギー人の飲酒運転の問題を紹介しましたが、この国の道路交通法で酒気帯び運転として罰則の対象となるのは呼気中のアルコール濃度が1リットル当たりで「0.25mg以上」とされていますので、確かに日本の「0.15mg以上」に比べると寛大な気がします。因みに、ヨーロッパで酒気帯び運転に最も寛大なのは英国で、罰則の対象になるのは「0.35mg以上」とされています。他方、最も厳しいのは、チェコ、ハンガリー、ルーマニアなど一部の東欧諸国で、酒気を帯びての運転は一切許されていません。ただ、大半の国で1リットル当たり「0.25mg以上」とされていますので、総じてヨーロッパ諸国は酒を飲んでの運転に日本よりは寛大のようです。
<2つの新年レセプション>
 先週の8日、大使公邸において在留邦人社会の代表の方々をお招きした新年賀詞交換会を開催しました。ベルギーで大使館に在留届を出していただいている日本人は5300人ほどに上り、全員をお招きすることは勿論出来ませんので、日本人会会員企業の代表者を中心に人数を大幅に制限せざるを得ません。この日、実際に参加されたのは100名くらいだったでしょうか。ただ、私としてはせっかくの新年会ですので、おせち料理でお迎えしたいと思い、自身でパリの日本食料品店まで買い出しに出かけたり、日本にたまたま帰国していた大使館員にいくつかの食品を調達してもらい携行荷物として運んでもらったりしました。おかげさまで、参加された皆様には日本的な正月料理を楽しんでいただけたものと思います。特に、北海道産のあずきを使った「白玉入りおしるこ」は好評だったようです。また、正月の雰囲気を醸し出すため、小原流の先生にお願いして玄関入り口付近に正月らしい生け花を配置してもらったり、日本人の女性演奏家の方にお願いして、琴とクラリネットの合奏もアレンジしました。宮城道雄作曲の「春の海」はお正月にぴったりの曲ですね。ただ、楽しい新年会を主催しつつ私がふと思ったのは、船でしか外国に行けなかった時代の、しかも在留邦人社会がずっと小さかった頃の「大使館での新年会」とは違い、今では日本で正月を過ごしてから任地に戻ったばかりという方も少なくなく、新年会のあり方を考え直す時期に来ているのかなあということでした。このあたりは来年に向け熟考したいと思います。
翌9日には王宮において国王・王妃両陛下の主催する新年レセプションが開かれました。ベルギーに派遣されている170名の各国大使が夫人とともに参加するため、その一人ひとりと順番に新年の挨拶を交わされる国王陛下はとても大変だったと思います。ご挨拶が終わると別室でのカクテル・パーテイに移り、1時間近くに亘って国王・王妃両陛下及びフィリップ皇太子・同妃両殿下を囲んでの懇談が行われました。私は皇太子殿下とは昨年6月の殿下を団長とする訪日経済ミッションのお話をし、妃殿下とは日本料理のお話をしました。妃殿下は日本の緑茶を愛飲しているそうで、健康にとても良いと喜んでおられました。ベルギー国王の正式な呼称は「ベルギー人たちの国王(King of Belgians)」であり、国民にとって身近な存在であろうと努められるお姿が感じられた新年レセプションでした。
<2つのブリュッセル王立音楽院>
世界の主要都市にはクラシック音楽家を育成する「コンセルヴァトワール」と呼ばれる専門学校がありますが、ブリュッセルにある1832年創立の王立音楽院はそうした教育施設の中では最も古いものの1つだろうと思います。ただ、この音楽院もベルギーの他の教育施設と同様に教育言語の違いによってフランス語とオランダ語の2つの音楽院に分かれています。先週、私が訪問したのはオランダ語の音楽院(コンセルヴァトワール)でした。ペーテル・スイネン学院長はとても気さくな方で、ご自身が作曲家であることもあり、日本人の作品に大変強い関心をお持ちの様子でした。この音楽院の学生数は約600人で、そのうち6割近くが外国人の学生(日本人は13人)だそうです。バイオリン科とピアノ科に日本人の教授(バイオリン科はご存じの堀米ゆず子さん)がおられます。
これに先立つ昨年の12月暮れには、フランス語の方の音楽院も訪問しています(場所は同じ建物ですが、右翼と左翼にそれぞれ分かれています)。その時にお会いしたフレデリック・デ・ロース学院長のお話では、学生の総数は700名ほどで、その3分の2近くが外国からの留学生とのことでしたので、オランダ語の音楽院より学生数が若干多いようです。日本人学生は11名で、こちらでも声楽科とピアノ科に日本人の先生がいるとのことでした。驚いたのは両学院が共有している図書館の蔵書量で、別棟の5階建ての建物全体が図書館になっており、蔵書を横に並べると十数キロになるほどで、音楽学校の図書館としては世界最大の規模ではないかと誇らしげに説明してくれました。別れ際に私から学校の建物が老朽化しているのではとの印象を申し上げると、近く全面改築を計画しているが、歴史建造物に指定されているために保存と改築の兼ね合いが難しいとおっしゃっていました。
<ベルギー人政治家への相次ぐ着任表敬>
新年早々にフランソワ・クサビエ・ドウ・ドネア下院外交委員長を訪ね、遅ればせの着任表敬をしました。ドウ・ドネア委員長は政治家として30年以上の経歴を有し、今はワロン地域(フランス語圏)の自由主義政党(MR)に所属しています。経済界でも主要企業の要職を経験したことがあるようです。私との懇談の席では、原子力発電の将来に強い関心を示され、福島の事故の後の日本のエネルギー政策の在り方についても質問を受けました。最後に日本を訪問したのは議員になる前の1980年だそうで、日本との議員交流の活発化に期待を表明されました。
先週、フランダース政府のクリス・ペーテルス首相をブリュッセル市内の政府庁舎に訪ね、着任の挨拶をしました。案内された部屋が地域政府が毎週1回行う閣議室だったのは少々驚きでした。ペーテルス首相は既に何度も訪日しており、日本との関係強化に向けた強い思いを伺うことが出来ました。また、日EUの経済連携協定(EPA)の締結に賛成である旨を表明いただいたのも嬉しいことでした。私からは、日本からフランダース地域に進出している企業が160社近くに上ることを申し上げた上で、これら日本企業に対する支援をお願いしました。ペーテルス首相は、フランダース地域はベルギーの人口の6割、GDPの7割、全輸出の8割を占めている、と数字を挙げて地域の重要性を強調しておりました。
なお、昨日は、ブリュッセル訪問中の河井克行衆議院外務委員長と共に、ベルギー下院のアンドレ・フラオー議長にお会いしました。フラオー議長は18年以上の議員在職期間の大半において政府閣僚を務めるというユニークな経歴を有し、特に国防大臣は8年間も務めています。この日は、過去の訪日の際にご自身の地元であるワーテルロー市と姉妹関係にある長久手市(愛知県)を訪問したことを懐かしそうに話してくれました。両市とも古戦場として有名ですが、こうした御縁が両国の議員交流の発展につながってくれれば嬉しいですね。
<ブリュッセルに所在するもう一つの国際機関>
ブリュッセルには世界税関機関(WCO)という日本ではあまり知られていない国際機関があります。1952年に発足していますので、60年以上の歴史を有し、加盟国数は何と179ヵ国・地域まで増えています。現在の事務総局長は御厨邦雄さんという日本人です。財務省のご出身で、永く税務畑を歩かれこの道のプロと申し上げて良い方ですね。彼の部下として160人ほどの国際職員が働いているそうです。この機関の活動目的は世界各国の税関制度を調和させ、専門家を育成して、通関事務の円滑化を図ることにあります。各種の会議が頻繁に開かれており、日本からは主に税関の専門家が出席しています。一昨日、この機関の幹部職員の方々と懇談する機会があったのですが、技術の進歩に伴う新製品の開発によって関税分類が難しくなっていることや、税関職員の汚職・腐敗をなくす重要性などが話題となりました。日本政府は税関分野で多くの国際貢献を行っており、特に税関職員研修の強化に力を入れることで発展途上国の人材育成に協力しています。また、私がかつて在勤したベトナムなど数か国においては無償援助によって主要な税関に大型X線検査機器を導入するお手伝いをしています。税関の機能強化は貿易の円滑化を進め、ひいては世界経済の発展に貢献することですので、WCOの果たす役割はとても大きいと思います。
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