大使のよもやま話

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第7回 日本の子供たちを取り巻くベルギーの教育事情


最近、欧州統計局が欧州各国の金融資産統計(2011年)を発表し、国民人口一人当りの金融資産額(預貯金や有価証券)でベルギーが第一位だったということで当地のメデイアで大きく報道されました。それによると、ベルギーの総金融資産から債務分を差し引いた正味金融資産額は7700億ユーロ(約92兆円)で、1人当たりでは6.7万ユーロ(約8百万円)だそうです。欧州の主要国では、英国が5.3万ユーロ、フランスが4.1万ユーロ、ドイツが3.9万ユーロとなっていますので、確かにベルギーの豊かさが目立ちます(因みに日銀統計による日本人の1人当り正味金融資産額は約900万円でベルギーを上回っています)。更に、ベルギーの場合、一人ひとりがこれを若干上回る額の不動産も保有しています。こうした豊かさの理由については、輸出超過が続く堅調なマクロ経済状況に加え、資産課税が低率であることや不動産価格が相対的に安いことが挙げられていますが、同時に年金や社会保障の制度が他の欧州諸国に比べて充実していないために老後に不安をかかえ、預貯金などを増やしているのだと指摘されています。

なお、フランス紙の報道の中で、個人の金融資産のことを「毛糸の長靴下」と記述していましたが、これは昔の農民が靴下に金を隠したことから生まれた表現ですね。つまり「へそくり」のことです。語学を学んでいるとその言語を話す人々の生き方や生活習慣まで知ることが出来て、面白いと思うことがあります。
 

<50周年を迎えるベルギー日本協会>

ベルギーにはBJA(日白協会兼商工会議所)と略称される日本とベルギーとの友好協力関係の促進を目的とした伝統ある親善組織があります。1963年に設立されていますので、今年はその50周年に当たります。現在の会長はベルギーの大手企業ユミコア社の会長であるトーマス・レイセンさんです。会員としてベルギー・日本双方から600社・個人が参加しています。今週の1月28日にブリュッセル市内のホテルでその新年会が開催されました。

ところで、日ベルギー関係の歴史を振り返ると、1906年にベルギーにおける友好団体として「ベルギー・日本研究会」が発足しており、主に両国間の産業貿易関係の発展を目的とする活動を展開したようです。この研究会は第一次世界大戦の勃発によって活動停止を余儀なくされるのですが、1922年には「ベルギー・日本協会」と名称を改めた上で復興しています。活動内容も広がり、関東大震災後の日本への救援や産業視察団の派遣までしています。ただ、こちらも第二次世界大戦前の混沌とした状況の中で活動の場を次第に失っていったようです。これら戦前の研究会や協会と現在のベルギー日本協会との間には直接の繋がりはないのですが、150年近くになる日本とベルギーの関係史において民間の友好団体が一貫して重要な役割を果たしてきた足跡は辿ることが出来るように思います。
 

<日本人学校とインターナショナル・スクール>

ブリュッセルの日本人学校は小学校1年から中学3年までの全日制で、2012年度の生徒数は295名です。また、土曜日だけ授業を行う補習校も併設されていて、こちらの生徒数は205名だそうです。全日制校の生徒数のピークは2008年で、当時は399名だったとのことですから、随分と減少しましたね。この日本人学校が開校したのは1979年で、今から34年前のことになります。当時、日本人会が運営主体となり、18億円近い資金を企業寄付金などから集めて学校校舎の建設(及びその後の増築)が行われたようです。日本政府からも全体資金の3分の1ほどをシドニー方式(学校運営主体が金融機関から借り入れた建設資金等の元利合計額を償還期間で均等割りした額を政府が毎年補助するやり方で、1971年にシドニー日本人学校建設に当たって初めて採用されたことからこの名前が付けられています)によって補助して来ており、2010年に校舎増築に要した資金分を含めて3年後にはこれも完了します。ブリュッセルの日本人学校は市内東部の住宅地(しかも地下鉄駅のすぐ傍)にあるため通学の便も良く、校庭も広くて、立派な学校施設だと思います。

先月の下旬にこの日本人学校でいくつかの行事があり、私も来賓の一人として招かれました。1月11日には「予餞会」と呼ばれる中学生の卒業式があり、19日には補習校の「もちつき大会」がありました。その3日後には大使公邸において日本人学校の先生方の歓送迎会を企画しました。最後は25日で、ブリュッセルのインターナショナル・スクールを訪問し、日本人子弟の勉強風景を視察しました。こちらのスクールの生徒数は約1500名で、このうち日本人は95名(国籍順で5番目;大半は中学3年~高校3年生)だそうです。ブリュッセルにはブリテイッシュ・スクール(生徒数1200人)やセント・ジョーンズ・スクール(生徒数900人)など他にも英語で教育している国際学校がありますが、授業料が極めて高い点で共通しています。日本人学校補習校(土曜教室)に通う生徒の多くがこうした学校や地元の学校に通う日本人の子供たちなのですが、「ハーフ」の生徒が今や半数近くに上っているそうです。日本人女性の国際結婚が増えて来ている証左かも知れませんね。
 

<ベルギーの上院議員>

ベルギーには上院と下院の2院があり、下院議員は150名全員が直接選挙で選ばれます。上院議員は71人(及び王族の3人)ですが、上院議員の選出方法は如何にもベルギー的で大変興味深いものがあります。直接選挙で選ばれるのはフラマン地域(オランダ語圏)25人、ワロン地域(フランス語圏)15人の合計40人だけで、残りの31人のうち21人はオランダ語地域とフランス語地域それぞれの議会の現職議員から10人ずつ、そしてドイツ語地域から1人が指名で選ばれ、最後の10人はオランダ語地域6人、フランス語地域4人が両地域議員間の話し合いにより推薦された者が議員になるという誠に複雑な手続きなのです。上院と下院の議員選挙は同時に行われ、任期は共に4年です。両院の権限もかなり明確に分かれていて、予算は下院の専権事項であり、法案の採択においても下院の議決が優先するようです。上院は1995年の改革以降は「良識の府」と位置付けられ、主要な政治課題について見解を表明したり、提言を行ったりする機能を託されており、日本のように両院の多数派が異なる「ねじれ現象」によって政治が混乱することはないとのことでした。先週はたまたま2人の上院議員と個別にお会いする機会がありました。最初にお会いしたのはサビーヌ・ド・ベチュン上院議長で、50歳台の元気溌剌とした女性です。1時間に亘る懇談において両国の議員交流から宗教問題まで幅広い意見交換が出来ました。その2日後、ジャック・ブローチ上院議員夫妻と会食を共にしました。ユダヤ系で、神経科医としては世界に名を知られた方のようです。ホロコーストの問題に今も真剣に取り組んでおられ、上院における関連決議の採択にこぎ着けています。「良識の府」において正に良識を代表する政治家のように見受けました。
 

<企業訪問第4弾はユミコア社とAWヨーロッパ>

2週間ほど前にアントワープ市の南端郊外ホボケン地区にある非鉄金属材料大手のユミコア社を訪問しました。ブリュッセルからは車で1時間ほどの距離にあります。先述したBJAのトーマス・レイセン氏が会長を務めており、通常はブリュッセルにある本社の方におられるようですが、この日はわざわざホボケン地区の貴金属リサイクル工場の方で出迎えてくれました。工場の敷地は100haを超える広大なもので、大きな煙突を備えた建物が30近くもあったでしょうか。事業内容はパソコンや携帯電話などに取り付けられているバッテリーや電子基板の廃品を超高温で溶解し、比重の違いなどを利用して金銀銅といった金属やレアメタルを抽出するものです。世界から集められた廃品は山積みされて「産業鉱山」と呼ばれておりました。ユミコア社の先代企業は100年以上前にアフリカのコンゴ(当時はベルギー領)で鉱山事業を始めていたそうですが、実際の鉱山から採掘するよりも「産業鉱山」の方が効率が良く、コストも安いとの説明がありました。日本にも工場を持っており、自動車エンジン用の触媒やパソコンのバッテリー製造に必要なレアメタルを納めているとのことでした。なお、最後の作業工程を見学した際、抽出された金塊(12.5kg)と銀塊(24kg)に触れさせてもらったのですが、純度99.9%以上の延べ棒は持ち上げるのも大変なほどの重さでした。これらは銀行の金庫に直行するようです。一生に一度の経験ですね。

先週、ワロン地域(フランス語圏)に進出している数少ない日本企業大手であるAWヨーロッパ社(アイシン精機と米国のボルグ・ワーナー社との合弁会社であるアイシンAW社の欧州統括会社)を訪問しました。製造工場はブリュッセルの南西67kmにあるモンス市(人口9万人)の郊外にあり、1996年から欧州市場(主にドイツ)向けに自動車のオートマチック・トランスミッションの販売・修理、ナビ・システムの製造・販売を行っています。そして、昨年には新たに大型の保管倉庫を建設し、従業員数も650人近くまで増員されているそうです。この他、ブレン・ラルー市(ブリュッセルの南33km、人口3.8万人)にある本社(営業・事務管理部門)や研究・評価を行うAWテクニカル・センターに300人近い職員がいますので、近隣国所在の部門と合計するとAWヨーロッパ社は千人を超える従業員体制になっているようです。(因みに、アイシン精機本社は愛知県の刈谷市にあり、創業50年未満にもかかわらず、今や連結ベースの売上げが2.3兆円、総従業員数8万人以上の大会社に成長しています。ベルギーには1971年にアイシン・ヨーロッパ社という直系の子会社も設立しています。)なお、海に近いフラマン地域(オランダ語圏)と違い、内陸のワロン地域は日本企業の進出が少ないのですが、ドイツやフランスの国境に近い上に、オランダのロッテルダム港に繋がる運河も開けていますので、近隣諸国を販売市場とする限り立地条件は悪くないように思われました。

 

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