第37回 スピーチ・コンテストの必勝法
先日の当地紙に、中央銀行総裁がベルギーの不動産バブルの危険を警告したという記事が出ており、興味を惹かれました。その記事によると、ベルギーの不動産価格は本来のあるべきレベルに比べ20~50%も高く、これが家計の負担になっているというものです。実際、過去13年間を見ると、不動産担保型住宅ローンの貸出残高は678億ユーロ(約9兆円)から1742億ユーロ(約23兆円)へと3倍近く増えており、これによる家計の債務額も国民総所得(GNI)の33%から46%へと著増しているようです。この比率をヨーロッパの平均値で見ると、36%から40%に増加したに過ぎず、ベルギーの46%という数値は異様に高いと言えます。また、ベルギーの金融機関の総貸出額に占める個人向けローンの割合を見ると、過去5年間に28%から43%に増えており、これら金融機関によるリーマン・ショック後の業務再編の中で、比較的にリスクが少ないとされる個人向け住宅ローンに事業の重点をシフトさせた様子が窺がえます。尤も、金融専門家に言わせれば、ベルギー人の個人資産は国民総所得の5倍もあり、家計の債務増加を過度に警戒する必要はないとのことです。因みに日本における住宅ローンの貸出残高(今年3月時点)は180兆円(1兆3800億ユーロ)ほどで、国民総所得に対する割合は約37%となり、ヨーロッパ平均より低いようです。毎年の新規貸出額も20兆円(1500億ユーロ)前後で推移しており、バブルの頃(20年前)のほぼ半額に激減しています。まあ、ベルギーの人口及び経済規模が日本の11分の1であることを思えば、1家計単位の住宅ローン残高は日本より40%ほど高いと言えますが、さて、これを「危険水域」と見るべきかどうかは微妙ですね・・・。
<ベルギーの2大有力企業の訪問>
先月中旬、各種の産業用鉱物を世界レベルで扱っているベルギーの有力企業、シベルコ社を訪問しました。ヨーロッパ本社はアントワープにあるようですが、私の方から採掘・製造過程の視察を希望し、デッセルという小さな町(アントワープの東方60km)にある工場の方を見学させてもらいました。この会社はシリカ・サンドを工場敷地内の地下数十メートルの層から採掘し、高級なガラス製品やソーラーパネル、コンピューターやTVのスクリーンなどの原料になる産業用鉱物(白い粉末)を大量に製造しています。シリカ・サンドというのは鉄分の含有量が極端に少ない白色の特殊な砂で、この他にもタイル用の粘土の他、クオーツやライム(石灰)なども採掘しているようです。同社が設立されたのは140年以上前で、今では世界41ヵ国に200ヵ所以上の採掘工場(総従業員数は11142人)を有しているとのことです。日本にはシベルコ・ジャパンという子会社がありますが、昨年までに採掘事業は止め、今は専ら販売のみを行っているようです。ベルギーではAGCグラス社(旭硝子系列)が主要顧客の1つとのことでした。まあ、砂の採掘が世界的ビジネスになるというのは誠に興味深いですね。
もう1社はベルギーの製薬業界を代表するUCB社で、3日前に訪問しました。ブレン・ラルー市(ブリュッセルの南33km;人口38000人)の郊外、51ヘクタールあるという広大な敷地の中に22棟の建物が点在するUCBのバイオ医薬品製造施設はなかなか壮観です。UCB社は世界35ヵ国に展開する事業ネットワークで9千人の従業員を擁し、昨年の売上額が34億ユーロ(約4500億円)というベルギー最大手企業の1つですが、世界の製薬業界においては未だ「中堅企業」なのだそうです。製造している医薬品も免疫疾患や中枢神経症の分野に特化し、パーキンソン病や癲癇(てんかん)などの治療薬でかろうじて存在感を示しているに過ぎません。ただ、今後は骨粗鬆症向け医薬品など世界的に注目されている有力商品を売り出す計画があるそうで、売上額も数年以内に大きく伸長する見込みであるとのお話でした。日本には東京に開発部門、埼玉県にパッケージング部門を担う子会社があり、合わせて325人の従業員を抱えているとのです。また、近年、アステラス製薬や大塚製薬といった日本の製薬会社とも業務提携し、販売の促進に注力しているようです。UCB社はもともと1928年に化学品の製造会社として創業し、医薬品の分野に進出したのは28年前(1985年)のことに過ぎません。そして、2004年には何と本業の化学品の製造を止め、英国のバイオ医薬品製造会社を買収してブレン・ラルーの工場を創立しています。何とも逞しい生き残り戦略ですね・・・。
<リエージュ大学での講演>

先月、リエージュ大学を訪問し、コルヘイ副学長他の大学関係者や多くの学生を集めた150人近い会合で「現在の日本とその将来」という演題で1時間ほどの講演を行いました。リエージュ大学はブリュッセルの東100kmに所在するワロン地域(フランス語圏)の3大大学の1つであり、学生数は約21000人。私は、1年近く前、着任後間もない頃にこの大学を訪問しており、ランテイエ学長らから大学の現状や日本との関わりについてお話を伺っておりました。学生の22%が外国からの留学生なのですが日本人はいないとの説明でした。メイン・キャンパスはリエージュ郊外の自然公園の中にあり、総敷地面積が750ヘクタールという驚くべき広さです。大学自体はベルギー独立前(オランダ支配時代)の1817年に創立されたそうですが、現在のキャンパスに移転したのは45年ほど前とのことでした。この大学には哲学部のアンドレアス・テレ教授(20年ほど前に筑波大学に留学したドイツ人)の主導の下、4年ほど前に「日本研究センター」が発足しており、日本語学習に加え、日本の歴史・文化・社会の研究も教育課程に組み込まれています。私の講演は市内中心部にある学術会館の方で行われたのですが、大変立派な建物で、階段教室のようなメイン・ホールの中央正面には大学創建当時のオランダ国王がひな壇に立った大きなルリエフが飾られておりました。この日の講演もフランス語で行ったのですが、私の拙い話を学生らが熱心に聴いてくれたのは嬉しい限りでした。講演の後の日本映画の上映にも大半の学生が残ってくれたようで、有意義な日本紹介イベントになったと思います。
<日本語スピーチ・コンテストの審査員>

先月、日本人会主催の日本語スピーチ・コンテストがあり、私は、去年に続き今年も審査員(全部で5人)を務めました。本選出場者は、Aグループ(初級者)が6人、Bグループ(上級者)が14人の合計20人で、昨年より2人増えました(「よもやま話」第2回ご参照)。出場者は大学生が大半ですが、高校生や50歳近い男性もおり、年齢層にも幅があります。Bグループは結構激戦でしたが、優劣を分けたポイントは、「原稿(テキスト)を見ずに生き生きとしたスピーチが出来たか」という点と「聴衆が思わず引き込まれるような楽しい話題を取り上げたか」という点の2つだと思います。実体験にもとづく微笑ましいエピソードを語ると聞く者の注意を惹くことが出来ますね。それと、スピーチの後に行われる審査員との質疑応答も鬼門です。スピーチが上手でもここで躓いてしまう出場者が結構多いのです。質問の難易度の違いによる運不運もあるように見受けました。Bグループの優勝者は昨年2位だった中国人学生ですが、2位と3位にはベルギー人の学生が入賞しました。昨年は1位から6位までの全員が非ベルギー人でしたので、今年はベルギー人の出場者が健闘したという印象です。私は、昨年創設した大使奨励賞をAグループの青年に授与しました。彼は工業高校を卒業して今は自動車修理工として働いているようですが、柔道を習い始めてから日本語の勉強も好きになったというお話をしてくれました。決して上手なスピーチではありませんでしたが、日本語学習への熱意が感じ取れました。出場者の皆さんには更なる上達を目指して今後とも日本語の勉強を継続して欲しいと思います。
<トンゲレンのガロ・ロマン博物館>
ベルギーに在住して地方を訪問しているとこの国の文化的豊かさを実感します。先月は、ブリュッセルから北東に85kmほど離れたトンゲレンの町で「ガロ・ロマン博物館」を見学し、その見事な展示に驚きました。トンゲレンは古代ローマ時代にシーザーによって征服され、大掛かりな都市が建設されたことで知られていますが、今でも当時の遺物が発掘されているようで、博物館に展示されている品々は実に見ごたえがあります。私が訪問した日には「エトルリア特別展」が開催中で、古代ローマの前身とされるエトルリア文化(最盛期は紀元前7-6世紀)の全貌が窺えるような工夫が施されておりました。子供たちにも人気の博物館のようで、小学生のグループが何組も見学しており、私を案内してくれた館長は「大人が子供を連れて行く博物館は多いが、ここは子供が大人を連れてくる博物館です」とおっしゃっておりました。元々、この博物館は1950年に建てられたそうですが、数年前に全面改築され、極めて近代的な内外装に変貌しています。2年前にはヨーロッパにおける最優秀博物館 として表彰されたそうですので、その優れた展示は折り紙つきです。皆様にも是非訪問することをお勧めします。
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