第47回 俳句と和食
ベルギーの労働事情には日本と異なることが少なくありません。若年層の失業率が高いことは共通しているのですが、ベルギーの場合、働く高齢者の割合も極端に少ないのです。OECDの雇用統計によると、55歳から64歳までの高齢者層に限れば、就業者の割合は日本では65%ですが、ベルギーでは何と39%に過ぎません。地元紙の報道によれば、ベルギーの雇用主は賃金水準が相対的に高い高齢者を雇いたがらず、被雇用者側も50歳を過ぎると勤労意欲が低下し、勧奨退職による退職金の割り増し支給や年金の前倒し受給を当てにして退職してしまう者が多いのだそうです。専門家は、ベルギー人には「例え収入が減っても働かない方が良い」という労働文化があると指摘しています。上述の高齢者就業率で見ると、スウェーデンやノルウェーといった北欧の国々では70%を超え、イタリア、スペインといった南欧の国々では40%そこそこ、フランスも44%という低率です。こうした数字で見る限り、ベルギーはどうも南欧・ラテン文化圏に属しているようです。加えて、ベルギーの場合は、失業手当の制度が整備されているために安易に離職する者が多いことやストレスなどを理由とした欠勤者、長期休職者が多いことも問題になっています。こうした事情から労働・社会政策にかかわる国家予算の負担や年金財政の持続性についても懸念の声が出ているようです。ベルギーでは所得税率が高く、一般の労働者でも手取り額は額面の60%くらいであり、残業手当の場合は更に税率が高いので「働くのはバカバカしい」という意識になるのかも知れません。働かない者が増えれば働く者からより多くの税金を取らざるを得ず、そうすると働く者の勤労意欲が更に低下するという悪循環が生じているように思いますが、如何でしょうか。
<ブラバン・ワロン州知事とトルンハウト市長>
 先日、ブリュッセル首都圏の直ぐ南に位置するブラバン・ワロン州を訪ね、ラルロワ州知事にお会いしました。州知事が私を迎えてくれたのは州庁舎ではなく、州内の名所であるユルプ城でした。この城は1830年代に建てられ、19世紀の末にベルギー最大の財閥であったソルベイ家が別邸として購入した後、1963年にワロン地域(フランス語圏)政府に寄進されたものです。227haという広大な敷地を有し、1972年からは公園として一般に開放されています。ブラバン・ワロン州は1995年に当時のブラバント州がオランダ語圏とフランス語圏に2分された結果誕生したフランス語圏の方の州です。ベルギーで最も面積が小さな州であり、人口も40万人に達していません。ただ、一人当たりのGDPではベルギーで最も豊かで、田舎に行っても立派な家が立ち並んでいます。日本企業では、最近、大学都市のルーヴァン・ラ・ヌーヴにAGCガラスの本社が移転した他、別の町には自動車の部品メーカーも進出しています。州知事からは、州内の農業が不振な中、工業団地の造成をいくつも手掛けるなど投資環境の整備に努めており、外国企業の投資を期待しているとのお話がありました。
その前日にはベルギー北東部、オランダ国境に接したトルンハウト市(人口4万人)のエリック・ヴォス市長を表敬しました。ヴォス市長は長らく地元の製薬会社に勤務し、市長になったのは昨年の12月からです。この町にはトランプ・カードの生産で世界一を誇る「カルタムンディ」社があり、ベルギーを代表する製薬メーカーであるヤンセン・ファーマ社やオランダの電器メーカーであるフィリップス社の工場もあります。市長によれば市民の30%が生徒・学生という若い人の町でもあるようです。この他、ユネスコの世界遺産に指定されている「ベギン修道会」(13世紀創建)の建物やブラバンド公爵の古城(13-17世紀)も観光の名所のようです。私が興味を持ったのは、中央広場(グランプラス)のど真ん中に古い教会(15~18世紀)が建っていることです。通常、この種の教会は中央広場に面して建っているもので、広場の中央に建っているのは非常に珍しく、周りの景色を遮っています。このため、広場に面した1961年築の市庁舎は妙に存在感が薄いように思われました。
<2つの日本企業:AGCガラスとヤクルト>
10日ほど前、ベルギーに進出している最大の日本企業と最小の(?)日本企業を相次いで訪問しました。最初に訪れたのはモルという小さな町(ブリュッセルの北東80km:人口34000人)にあるAGCガラス社のガラス製造工場です。この工場(従業員500人)は元々グラバーベルというベルギー企業に属していたもので、92年の歴史を持つ古い工場です。日本の旭硝子社(1907年創業)がグラバーベル社に1981年に資本参加し、2002年に完全子会社化して、モルの工場も今ではAGCガラス社の主力工場になっています。私が見学させてもらったのは板ガラスの製造工程で、地元で採取した原料の砂を1400℃以上の高熱で溶解し、フロートと呼ばれる技術で厚さ0.4ミリから4ミリほどの板状に変化させ、最後は冷却して一定のサイズに切断します。この作業工程は300mほどの縦長の建屋の中で行われており、一日24時間、片時も停止することなく一年中稼働し続けているとのことです。AGCガラス社では建築用や自動車用など様々なガラス製品を製造しており、この分野では今や世界で1~2位を争う大企業に成長しています。ベルギーにはモル工場の他にもベルギー南部のムスティエ工場(従業員600人)など14の施設を有しており、従業員総数は2500人に上ります。AGCガラス社はベルギーにおける最大規模の日本企業の1つですね。
2つ目の企業は日本人には良く知られたヤクルト社。ただ、私が訪問したのはブリュッセルの西50km、ゲント市の郊外にあるヤクルト本社ヨーロッパ研究所というところです。ヤクルトという会社は実に不思議な企業で、創業者でもある代田稔博士が1930年に「ラクトバチルス・カゼイ シロタ株」という乳酸菌の一種を培養分離することに成功したことが唯一の契機となって今日の大会社(創業は1955年)が誕生しています。因みに、「ヤクルト」とはエスペラント語で「ヨーグルト」を意味する言葉だそうです。同社成功の秘訣は、製品自体が健康に良いという評価が定着したことにあると思いますが、同時に、「ヤクルト・レデイ」と呼ばれる多数の女性を動員した訪問販売方式や「YIF-SCAN」という腸内フローラの解析手法を独自に確立したことがあるようです。今ではベルギーのスーパーでも「ヤクルト」は健康飲料として広く売られていますが、その製造自体はオランダで行われています。人間の腸内には100兆個の菌(微生物)が生息していますが、前述の「シロタ株」は有用微生物であるビフィズス菌の活性化にかかわりがあるようです。65ccのヤクルトのミニ・ボトルには何と200億個の「シロタ株」が含まれているようですが、これが日本人とは体質の異なるヨーロッパ人の健康にも良いことを証明するのがヨーロッパ研究所(職員は6人で、そのうち日本人研究者は4人)の仕事なのです。
<フランス語俳句と日本大使賞>
今や俳句は世界の多くの国において「文芸」としての地位を確立しつつあるようです。「日本が生んだ世界で最も短い詩」と言われる俳句を愛好する人は一説では70ヵ国以上に広がっているようであり、西暦2000年に発足した世界俳句協会(本部は埼玉県富士見市に所在)には30ヵ国から200人を超える俳句の専門家が会員になっているとのことです。日本の柔術がJUDOになって世界的に普及しオリンピック種目にまでなるとルールまで「国際化」してしまったのですが、俳句もHAIKUになっていろいろな変貌を見せています。まあ、英語で詠うにしろフランス語で詠うにしろ、「3行に分ける」ことと「季節感を取り入れる」ことという2つの約束事を除けば、あとは結構自由に作句して良いことになっているようです。先日は、ブリュッセルのフランス大使公邸でフランス語俳句コンテストの表彰式があり、我が大使館も後援して最優秀作品に「日本大使賞」を授与しました。 その俳句はアーロスト市の女子高校生の作品で、「バスの窓 雨を眺める 鼻と指(Sur les funetres du bus, Des traces de nez et de doigts, Regardent la pluie)」というものでした。雨の日の通学バスの超満員振りが目に浮かびますね。フランス大使館としてはフランドル地域(オランダ語圏)におけるフランス語教育を支援する一環として俳句に着目したようですが、企画はそれなりに成功したようです。俳句と言えば、2ヵ月ほど前に日本から有馬元東大総長を団長とする「俳句ミッション」がブリュッセルを訪れ、俳人としても著名なEU(欧州連合)のファン・ロン・パイ大統領らを招いて地元愛好者との交流会を開催しておりました。その際、私は一行の関係者から赤ワインのボトルをお土産にいただいたのですが、ワインの銘柄はずばり「HAIKU」でした。イタリアのトスカーナ産のワインでしたが、何故「HAIKU」という銘柄になっているのかはついぞ聞きそびれてしまいました。
<ベルギーの星付きレストランと和食>
先週、ミシュランのレストラン・ガイドで星が付いているベルギーの有名店のシェフや料理研究家の方々を大使公邸に招いて「和食を語る会」を催しました。昨年「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことから、日本政府は日本の伝統的な食文化としての「和食」を国際的にPRする努力を始めており、今回私が大使公邸に招いた方々も去る1月に我が農林水産省の招待プログラムで日本を訪問しています。日本滞在中は京都や大阪の老舗の店で本格的な和食を味わったり、食材を売る市場を見学したりしたそうです。辻料理学校では調理現場を視察するだけでなく、自ら包丁の裁き方などの研修もしたようで、大変充実した日程だったとのことでした。シェフの方々は既に日本で得たインスピレーションを下に自分の店に新しいメニューを取り入れつつあるようです。皆さん、大阪で早朝の魚市場を見学した時に生きた新鮮な魚を喧噪の中で取引している風景が印象的だったようで、ベルギーの魚市場では死んだ魚を売買しているため市場に魚の死臭が漂っているのとは大違いだと語ってくれました。野菜の種類の多さも驚きだったようです。料理研究家の方は地元紙に長文の日本訪問記を書いてくれています。皆さん、日本で食べたすべてが美味しく、特に焼き鳥が好きになったと語ってくれたのですが、「おでん」だけは評価が低かったようです。ウーン、ちょっと残念ですね・・・。
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