大使のよもやま話

平成26年7月22日

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第59回 真夏の帰国辞令、短かったベルギー勤務

私のベルギー勤務があと1ヵ月半ほどで終わることになりました。今日付けで外務大臣から帰国を命じられ、40日以内にベルギーを去ることになります。2012年の10月に新大使として赴任して来ましたので、2年に満たない短いベルギー在勤になりました。ただ、私は各国に駐在する日本の大使としては既に最古参のグループに属し、41年を超える外交官生活を送って来ましたので、今や後進に道を譲る時が来たのだと受け止めています。この「よもやま話」を愛読してくれた多くの方に感謝します。着任早々から大使館のホームページに日本語版と英語版の両方でこのブログを掲載して来ましたので、多くの読者を得ました。日本のベルギー大使が日々どのような活動をしているのかの一端をお知らせすることが出来たと思いますし、ベルギーという国の魅力や日本とベルギーの関係についても御紹介出来たのではないかと自負しています。勿論、大使と言う立場もあって、全ての事柄について率直な意見を表明することは控えざるをませんでしたし、外交活動の中の機微な部分については「外交機密」として触れることは出来ませんでした。しかし、そうした制約の中にあっても、大使としての日常活動を知っていただけるよう可能な限り頻繁に、かつ詳細にこのブログを執筆・更新して来ました。過去1年9ヵ月の間、平日の夜や週末の空き時間に自宅のパソコンに向かってコツコツと書き続けて「第59回」に至ったのは自分でも驚きです。ブリュッセルを離れるギリギリまで、あと2~3回は更新するつもりですので愛読者の皆様には是非最後までお付き合いいただきたいと思います。

<ベルギーの独立記念日に祝うフィリップ国王在位1周年>

昨日、ブリュッセル市内中心部にあるサン・ミッシェル大聖堂でベルギー独立記念日を祝う宗教行事「テ・デウム」が行われ、外交団の一員として参列しました。フィリップ国王・マティルド王妃両陛下及びそのお子様である4人の幼い王子・王女が祭壇左の特別席に着かれ、ディ・ルポ首相以下の政府閣僚も祭壇右に勢揃いしておりました。一般国民の代表の方々が大勢参列する姿も毎回のことです。フィリップ国王陛下はちょうど1年前のこの日に国王に就任しましたので、在位1周年を祝う「テ・デウム」になりました。この行事は、毎年2回、この独立記念の日と11月15日の「国王の日」に催され、場所は常にベルギー王室所縁のサン・ミッシェル大聖堂です(詳細については「よもやま話」第2回ご参照)。40分ほどの短い行事ですが、厳かな気分になるのは不思議ですね。「テ・デウム」が終わると、場所をサブロン広場近くのエグモント宮殿に移して、上下両院議長及び外務大臣が共催するレセプションに出席します。このレセプションには外交団の他にベルギー議会の関係者も招かれていますので、私にとっては何人かの旧知の国会議員にご挨拶する機会になりました。この日の午後には王宮前で恒例の軍事パレードが行われましたが、こちらには大使館の同僚が代理参観してくれました。

<VOKAとUWE>

過去10日の間に北部フランドル地域の経済団体であるVOKAのミッシェル・デルバール会長と南部ワロン地域の経済団体であるUWEのジャン=フランソワ・エリス会長に相次いでお会いしました。これらの経済団体については「よもやま話」(第55回)で説明しましたが、ベルギーのように連邦制の下で何かにつけオランダ語圏とフランス語圏に分かれてしまっている国情にあっては、両地域の経済団体が持つ影響力には極めて大きなものがあります。彼らとの会見で私が話題にしたのは、去る5月の日白首脳会談で合意した両国ビジネスマンらによる「貿易投資促進セミナー」(東京)をいつ、どのような形で開催するかということでした。二人の地域経済団体トップからは貴重な示唆が多く得られました。
ところで、UWEのエリス会長は日本の旭硝子の欧州法人であるAGCガラス・ヨーロッパ社の社長でもあります。今回、エリス社長にお会いした場所は、昨年11月にルーヴァン・ラ・ヌーヴ市に移転したばかりの新社屋で、ガラス会社らしく全面ガラス張というユニークな建物です。100m×100mという正方形の建坪の上に立つ3階建ての建物は、採光機能に優れた特殊なガラスを採用し、屋上に太陽光パネルを配置した「省エネと節電を徹底させた建築」で、しかも全職員が大部屋に机を構え、一人ひとりにゆったりとしたスペースが確保されています。私を驚かせたのは、エリス社長自身が社長室を持たず、他の職員と一緒に大部屋で執務していることです。日本企業の職場では「大部屋方式」は一般的ですが、企業のトップまで大部屋という会社の話は聞いたことがありません。エリス社長からは「個室で働くことが一般的なヨーロッパで大部屋方式を導入するには社長自ら率先垂範する必要があるのです」との説明がありました。社長の隣に席を構える2人の女性秘書が社長の説明を横で聞きながら微妙な表情を見せていたように見受けましたが、はてさて、あれは如何なる思いの表れだったのでしょうか・・・。

<業務用の大型洗濯機械を世界に売るベルギー企業>

先週、コルトレイク市の郊外にあるラポウ社を訪れ、業務用の大型洗濯機械を製造している現場を見学させてもらいました。同社のデイハラ社長と偶然なことから知り合い、日本に顧客がいるというお話を伺ったのが訪問のきっかけです。私たちは家庭用の洗濯機のことは良く知っていますが、業務用の大型洗濯機械を見る機会は少なく、その最新技術は一見の価値があります。顧客は病院やホテルから毎日大量に出てくるシーツやタオルなどの洗濯物を取り扱う専門業者で、アイロンをかけるための別の大型機械と組み合わせて販売しているようです。病院のベッドなどをそのまま機械の中に入れて滅菌洗浄出来る装置もあります。これらの機械は160℃の高熱とタービンの回転時に300Gの重力がかかるために、長期間に亘ってこれに耐えられるだけの強靭な構造が必要であり、特殊な金属が使われているとの説明でした。同社製品の販売先は世界各国に及び、何と、ホワイトハウスやクレムリンでも使用されているようです。日本の場合は単に同社製品を販売するだけでなく、日本企業(TOTO)の類似製品を世界に販売する代理店業務も担っているとのことでした。デイハラ社長はタバコの製造販売を家業とする家庭に育ったのですが、タバコは健康を害するとの思いから全ての工場を売却し、4年前にラポウ社を買い取ったのだそうです。コルトレイク近郊にあるグリソンのタバコ工場もかつてはデイハラ家が所有していたのですが、一昨年、別の企業を介した後に日本企業(JTI)の手に渡っています。ラポウ社は、第二次世界大戦の直後、戦争の負傷者を大量に収容し大量の洗濯物を抱えていた地元の病院からの求めで設立されたという経緯があるようですが、現在は、広い工場内に100人ほどの従業員が配置され、世界中からの注文を受けて顧客のニーズに合わせた製品を作っています。高度の技術を駆使しニッチな産業分野で存在感を示す企業風景は如何にもベルギーらしいですね・・・。

<デルヴィニュ女史がデザインする王室御用達の婦人用帽子>

ヨーロッパ各国王室の王妃や王女が公式行事などの折に被る帽子はファッション性の高い特殊な形状をしていますが、それらの帽子の多くをデザインしているのがベルギー人のデザイナーであるファビアンヌ・デルヴィニュ女史で、このことはファッションに関心の高い女性の間では良く知られているようです。先週、ブリュッセル市内のホテルで、外交団を対象とした彼女のミニ作品展が催されたので興味本位で訪ねて見ました。会場にはフィリップ国王・マティルド王妃両陛下の写真パネルが配置されていて、王室御用達のデザイナーのイベントであることが誇示されておりました。プロのデザイナーとしてのデルヴィニュ女史のキャリアは1986年に遡るそうで、シャネル、アルマーニ、イヴ・サンローランなどのオート・クチュールの世界で実績を積み、現在は独自のブランドを確立する一方、ベルギー王室所縁のブランド「ナタン」にも作品を提供しているようです。会場でデルヴィニュ女史と立ち話をする機会があったのですが、その際に「かつて日本大使公邸で日・ベルギー双方のご婦人方を相手にデザインの説明をしたことがある」とおっしゃっておりました。彼女の作品はベルギー王室のみならず、スウェーデンやオランダ、ルクセンブルグの王室関係者にも愛用されているようですので、テレビなどで王室行事が放送される場合は帽子にも注目して見たいと思います。

<ブランデルス大使の見た日本>

今月の初め、かつて4年間(2002~2006年)に亘ってベルギーの駐日大使を務めたブランデルスさん御夫妻にご自宅での夕食会に招かれ、日本滞在中の思い出話をいろいろと聞かせていただきました。この食事会には同じ時期に6年間も日本に駐在したベルギー人のビジネスマンの御夫妻も御一緒だったのですが、それぞれ日本での生活を大いに楽しまれた様子で、一安心しました。ブランデルス大使は既に1年前にベルギー外務省を退官しておられるのですが、御子息が東京のベルギー大使館に若き書記官として勤務しておられる関係で、今でも時々日本に行くことがあるようです。日本滞在中は地方を旅行されて旅館に泊まったことや田舎の人たちと交流したことが良い思い出になっているとのお話でしたが、旅館の部屋に椅子がなかったために困ったことや洋食に餓えた経験などを興味深く伺いました。好きな日本食品に納豆(風味がチーズに似ている由)や御餅が出てきたことや、コンビニのカウンター脇で売られている「おでん」が気持ち悪いといった感想は意外でした。日本映画も良く見ているようで、「タンポポ」(1985)や「おくりびと」(2008)といった作品を高く評価しているのは外国人に共通していますね。この夕食会の時間帯はワールドカップの準々決勝でベルギー対アルゼンチンの試合が行われている最中だったのですが、生憎とベルギー・チームは負けてしまい、サッカーの話題で盛り上がれなかったのはちょっと残念でした。

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