大使のよもやま話

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第2回 アルベール2世国王への信任状捧呈

2012年11月26日

    先日、やっと私用車が届いたので早速近郊のルーヴァン市までドライブして見ました。いやあ、ちょっと怖かったですね。日本で右ハンドル車を運転していたので、左ハンドル車に不慣れな事情や右側優先の交通ルールの違いもあるのですが、それよりも地元の方々の運転マナーの悪さが恐怖感を惹き起こしました。実際のところ、ベルギーでは飲酒運転やスピード違反が常態化しているようで、最近の新聞でも大きく取り上げられていました。その記事に掲載されているアンケート調査によると「飲んだら絶対に運転しない」と回答した人は全体の73%、反対に「飲んで運転しても問題はない」と回答した人が17.5%にも上っています。それでいて飲酒運転に起因する事故死者数は毎年300人前後だそうで、国民人口が日本の10分の1を下回ることを考えれば異常な数値ですね。これでは自動車保険代金が高額になるのも頷けます。いやはや困ったものです。

<アルベール2世国王にお伝えした天皇陛下のお言葉>

yomoyama_02     先週の22日、快晴の好天の中、ブリュッセル市内にあるラーケン王宮にアルベール2世国王をお訪ねして天皇陛下からの信任状を捧呈しました。10月下旬に着任して1ヵ月が過ぎておりましたが、新任大使による信任状捧呈までの期間としては短い方だそうです。これで、やっとベルギー国内において名実ともに「日本国大使」として振る舞えることになりました。
    ベルギーにおける信任状捧呈の儀式は、王国らしい煌びやかさがあります。公邸からラーケン王宮までの往復は差し回しの車に乗り、モーターケードに護られながらの移動。王宮正門に到着すると50騎ほどの正装した儀仗騎馬隊の誘導で宮殿玄関に案内されます。そこで儀典長の出迎えを受け、その案内で正殿の間に控えておられる国王陛下にご挨拶し、信任状を捧呈するのです。ここまでは随行してくれた館員3名と同一の行動なのですが、信任状の捧呈が済むと、国王に促されて隣の奥の間に移動し、国王と大使だけの余人を交えない懇談になります。わずか15分ほどの短い懇談でしたが、さすがに国王と二人だけの時間帯というのは大変緊張します。国王からは我が国の皇室との親密な交流についての温かいお言葉があり、私からは天皇陛下から授かった伝言を申し述べました。また、国王からは、ベルギーと日本との経済関係を更に増進したいとのご希望が述べられ、昨年の東日本大震災後の被災地域の復興状況などについてもお尋ねがありました。私は国王のお言葉の端端に我が国に対する並々ならぬご厚情を感じ、大変感激しました。
    ところで、この信任状の捧呈に臨む大使の服装はホワイト・タイと呼ばれる最高級の正装で、これまでに外国政府などから授与された勲章を首から下げたり、胸に付帯させたりという古色豊かな出で立ちになります。私の前任地であるベトナムでは国家主席(大統領)への信任状の捧呈はダーク・スーツで良いとされ、甚だ簡易なものでしたので、正装するのは今回が初めてでした。まるで王朝絵巻のような公式行事を無事終えた時の解放感と「これでやっと本物の大使になれた」という喜びは例えようがありません。外交官というのはやはり特殊な職業かも知れませんね。

<テ・デウムという伝統的な宗教行事>

    去る15日にブリュッセル市内のサン・ミッシェル大聖堂で国王の日を祝う「テ・デウム」(神を崇める宗教歌の1つ)という宗教行事が行われ、新任大使の私は大いに興味をそそられて家内と共に参列しました。この行事はレオナール大司教が主催し、フィリップ皇太子殿下ご夫妻をはじめとする王族の方々や、デイ・ルポ首相ほか大勢の閣僚も参列する重要な祝賀行事で、外交団を代表する各国大使も最前列に席を与えられました。11月15日が「国王の日」とされるのは、典礼暦においてこの日が聖アルベールの日であり、(ドイツでは)聖レオポルドの日でもあって、共に歴代ベルギー国王のお名前と重なるのが理由だそうで、制定は1866年に遡るとのことです。フィリップ皇太子殿下ご夫妻のご入場と御退出の際には一般参列者から王家を祝福する盛大な拍手が送られておりました。
    さて、式次第の方ですが、こちらは極めて簡略化されていて、50分ほどの行事時間のほとんどが聖書の一節が朗読されたり宗教歌を歌ったりで過ぎました。ただ、初めてこの行事に参列した私を驚かせたのは、冒頭に行われた大司教の挨拶の中身です。ベルギー内政から始まって最近の経済不況に触れ、雇用問題が深刻であることに警鐘を鳴らす極めて時事的な内容で、宗教的な言葉は聞かれませんでした。確かに敬虔なカトリックの国であるベルギーでは、歴史を振り返えるまでもなく、内政外交の両面で常に宗教が大きな役割を演じてきており、政教分離を謳った憲法を持つ私たち日本人には思いの及ばない事情があるようです。
    ところで、行事の会場となったサン・ミッシェル大聖堂は美しいゴシック様式の建築物で、旅行ガイドブックによれば、13世紀頃に建設が始まり、少しずつ建て増しが行われて、現在の姿になったのは17世紀のことだったようです。16世紀の初めにはかの有名な神聖ローマ皇帝カール5世がここで戴冠式を行っています。ヨーロッパの教会建築にはこのように完成まで数百年をかける事例が沢山ありますが、その宗教的情熱の持続力には本当に驚かされます。
    なお、この大聖堂をめぐっては興味深い縁起譚があります。それは、この建築物の正式名称が「サン・ミッシェルとギュデユルの大聖堂」と言い、「聖ギュデユル」という聞きなれない聖人の名前が付け加えられていることに窺えます。7世紀頃、この地に小さな礼拝所があり、少女ギュデユルがロウソクの火を吹き消す悪魔の意地悪にもめげず毎晩祈り続けたと言い伝えられ、教会の建設が始まった時に地元市民がその名称に少女の名前も付け加えて欲しいと要望し、紆余曲折を経たのちに実現に至ったとされています。「サン・ミッシェル大聖堂」という一大建築物にこのように極めてローカル色の濃い話が付いているところにベルギーらしさを感じるのは私だけでしょうか。

<日本語スピーチ・コンテストの大使賞>

    11月17日の土曜日、ブリュッセル日本人学校を会場に外国人を対象とする日本語スピーチ・コンテストが開かれ、私も審査員の一人として出席しました。主催者は日本人会で、今年が22回目のコンテストだそうですから、伝統のあるイベントです。コンテストの最終審査への参加者は初級クラスが7人、上級クラスが11人で、それぞれ別々に上位者に対する賞品が授与されました。ベルギー進出の多くの日本企業がスポンサーとして賞品を提供してくれており、上級クラスの優勝者には日本への往復航空券が与えられるという豪華版です。
    このコンテストの審査をして驚いたのは、そのレベルの高さもさることながら、参加者の国籍が多様なことでした。特に、上級クラスでは1位から6位までが全て非ベルギー人で、韓国、中国、スペイン、カナダ、イタリア、英国といった具合です。彼らの多くが日本留学やJET(日本政府・地方自治体による若手外国語教員・国際交流員招聘プログラム)での日本滞在経験があり、質疑応答も含めて上手な日本語を話しておりました。優勝した韓国人の女子高校生は父親の仕事の関係で3年間ほど日本で生活しており、ブリュッセルのインターナショナル・スクールでも多くの日本人の友達がいるとのことでした。「小銭入れの文化」という演題で5分ほどのスピーチをしてくれたのですが、欧米の文化や考え方との対比で同じ東アジア文化圏に位置する日本と韓国はよく似ており両国民間の友好を深めたいという趣旨をジョークを交えつつ上手に話してくれました。ベルギー人の参加者は大学で日本語を勉強している学生たちで、日本のアニメやマンガへの関心を語ってくれました。来年は彼らにもっと頑張って欲しいと思います。
    なお、今年初めて「大使賞」というものを出しました。これは入賞順位に関係なく、日本語学習を奨励するための賞で、私の独断で受賞者を選ばせていただきました。私が選んだのは「僕は動物大好き」という演題で3分間のスピーチをした初級クラスのベルギー人少年です。彼は13歳の中学生で、今年で3年連続出場しているとのことでした。今は個人教授から日本語を学んでいるようですが、これからも更に勉強を続け、上級クラスで優勝して念願の日本旅行(そして初めて見るカブトムシとの出会い)を実現して欲しいと思います。

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