大使のよもやま話

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第19回 エリザベート・コンクールは誠に狭き「登竜門」

2013年6月3日

    一昨日、今年度のエリザベート国際音楽コンクール(ピアノ部門)の最終選考が終わり、イスラエル人のボリス・ギルバーグさんが1位になりました。最終選考に出場したのは第一次及び第二次の2回にわたる予選を通過した12名で、日本人の候補者は残念ながら一人もいませんでした。8人が第一次予選に出場した日本人は成績がふるわず、第二次予選(セミ・ファイナル)に進んだのは女性の候補者1人のみで、その方も最終選考には残れませんでした。私は、今回のコンクールを第一次予選からほとんど全ての候補者の演奏を会場あるいはTVの生中継などで拝聴したのですが、驚いたのはレベルの高さだけではありません。1ヵ月間というコンクール期間の長さ、そして各選考段階で演奏しなければならない曲目の多さにも同じように驚きました。第一次予選での演奏曲目は課題曲と自由曲合わせて4~5曲、第二次予選は別々の日に生オケとの協奏曲の演奏と40~50分のソロ・リサイタル(3~4曲)、そして最終選考で課題曲を含む2曲の協奏曲の演奏とソナタ1曲の個人演奏となるため、10曲以上のピアノ曲を暗譜して演奏しなければなりません。こうなると、音楽大学の現役学生には負担が大きく、出場者の多くが既にセミ・プロとして数多くの演奏会をこなしているようなレベルの方々にならざるを得ないようです。また、今回のコンクールでは韓国や中国など東アジアからの候補者の多くが第二次予選までに敗退して上位に入賞出来なかったことや国籍を問わず総じて女性の候補者に厳しい結果となったことも従来のコンクールとは異なる状況だったようです。まあ、それにしてもエリザベート・コンクールは聞きしに勝る過酷なコンクールで、この狭き「登竜門」を潜り抜けるのは並大抵のことではないと感じられました。

<3人の地方政治家>

    10日ほど前、フランドル地域議会のプーマンス議長を表敬訪問し、地域議会の構成や活動についてお話を伺いました。フランドル地域(オランダ語圏)の首都はブリュッセルですので、地域議会も市内中心部にあります。建物は総ガラス張のモダンな建築で、設備も最新のものが整っておりました。議員総数は124名で、第一党はキリスト教民主党であり、議長の所属するフランドル地域同盟(NVA)は第5党という不思議な関係にあります。興味深かったのは議員用カフェテリアの座席配置で、7~8人がテーブルを囲んで談話が出来るようになっているのですが、10ほどあるテーブルのそれぞれが政党別に予め割り当てられており、勝手に適当な座席に座ってはならないのだそうです。現在、日本との租税条約の改正議定書が審議にかかっているのですが、数日中に本会議で承認予定との説明を伺い、ホッとしました。
    また、先月末には、モンス市を訪れ、エノー州のルクレルク州知事マルタン市長に相次いでお会いしました。お二人とも大変若く、しかも就任して間もないことから、それぞれの職務に意欲的に取り組んでおられる様子でした。また、お二人の経歴を見ると良く似ており、共にワロン地域政府首相の官房長を経験しており、ディ・ルポ首相の下で仕事をしていた時期があるようです。私は、エノー州について、かつて栄えた石炭業や製鉄業が斜陽化したためにベルギーで最も貧しい地域になってしまったと思い込んでおりましたが、近年は積極的な外資導入政策やモンス大学と結びついた先端産業の振興もあって経済的にかなり盛り返しているようです。特に、IT産業では、米国のグーグル社やマイクロ・ソフト社がデータ管理部門を進出させており、大いに注目されています。また、2015年にヨーロッパ文化年の主催都市になることが決まっており、中央駅の全面改築など街全体が建設ラッシュの様相を呈しています。エノー州には「よもやま話」(第7回)でご紹介したAWヨーロッパ社などいくつかの日本企業も進出していますので、私から州知事と市長に引き続く支援をお願いしました。

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フランドル地域議会議長 エノー州知事 モンス市長

<iTQiによるユニークなイベント>

yomoyama_019_itqi    先月の末、ブリュッセル市内で、国際的な食品品評会であるiTQiのイベントが開催され、最終日の授賞式に来賓の一人として出席しました。iTQiとは「国際味覚審査機構」の頭文字をとったベルギーの民間機関の略称であり、9年前からこうした品評会を開催しているようです。今年は審査対象となった製品が54ヵ国の1239品。このうち日本からは173社の213品が出品されました。欧州の有名シェフやソムリエら100人以上による厳正な審査の結果、最高の金賞を受賞した製品は253品で、日本製品55品が含まれます。特に3年連続で金賞を受賞するとクリスタル賞を与えられるのですが、日本製品9品がその栄誉に浴しています。具体的な受賞品目を見ると、日本酒に対する評価が総じて高く、日本の菓子、麺類、乳製品もクリスタル賞を与えられています。意外なのは「霊峰の水」といったミネラル・ウオーターや生茶などのドリンクへの評価も高いことです。私は、今年の品評会が「日本年」に指定されていることから、特にスピーチをする機会を与えられましたので、日本食品は日本文化を代表する存在であり、安倍政権は成長戦略の中に「クール・ジャパン」のテーマを取り込み、その中核に「食」を位置付けようとしているということを申し上げました。日本料理と日本食品は一体のものであり、共に国際的評価が高まっているのは嬉しいことです。今年のiTQiにおける品評結果は「日本の食文化」を国際的にプロモートしている日本政府にとっても大いに勇気付けられるものでした。

<アントワープのバレエ学校>

yomoyama_019_ballet    10日ほど前、アントワープ市内にある王立バレエ学校を訪れ、リーゼンボルフ校長らから学校の活動内容や日本との関わりについてお話を伺いました。日本人バレリーナの齋藤亜紀さんがアントワープの王立バレエ団でプリマを担っていることは聞いておりましたが、学校のことについては全く知識がありませんでしたので、見ること聞くこと驚くことばかりでした。1951年に開校した王立バレエ学校(現在の生徒数87人)には14歳から20歳までの日本人生徒が13人おり、しかも日本人の先生までいるのです。外国人の生徒の中では日本人が最も多く、毎年、日本で生徒募集まで行っているのだそうで、9月からの新年度には新たに7人の日本人生徒が加わる予定とのことでした。最年少の梯幹矢君はまだ中学生で、オランダ語の現地校に通学しながらのバレエ勉強ですから大変だろうと思います。是非、将来は日本のバレエ界を担う人材に育って欲しいですね・・・。

<ガースベーク城の展覧会>

yomoyama_019_gaasbeek1yomoyama_019_gaasbeek2    ブリュッセルから南西に12kmほど行ったところに有名なガースベーク城があります。一見すると中世のお城かと見紛うのですが、実際には19世紀の末に現在の外形に完全修復されたもので、32年前からフランドル地域政府の財産になっています。先日、このお城でベルギー人の肖像画家サム・デイルマンス氏の個展が開かれ、招待を受けて拝覧して来ました。数百枚の肖像画の中には三島由紀夫や大江健三郎のものもあって画家の世界的関心を伺わせました。私の興味を惹いたのは個展の方もさることながら、ガースベーク城の壁面を飾るタピストリー(つづれ織)の見事さでした。15世紀から17世紀にかけての作品らしく、当時の織物技術のレベルの高さを十分に感じさせます。また、この城は、16世紀の後半、スペインの支配に反旗を翻し独立闘争を企図したエグモント伯爵が逮捕・処刑される直前の3年間を過ごした場所としても有名です。更に遡ると、フランドル絵画の巨匠ピーター・ブリューゲルが農村風景を描くために立ち寄った場所であり、ルーベンス所縁の地(直筆の遺言書を保存)でもあるのです。お城の中庭はフランス庭園風になっており、私が訪問した時には何匹かの孔雀が悠々と散策しておりました。ベルギーにはこうした城や教会をはじめ様々な歴史建造物が至る所にあり、この国の歴史の確かさを感じさせます。

<デイ・ルポ首相とモンス市の祭り>

yomoyama_019_mons2yomoyama_019_mons1    1週間前の週末、モンス市恒例の「守護聖人祭」を見学して来ました。毎年、聖霊降臨祭の次の日曜日に開催されるこの祭は、午前中に聖女ウオドリュの聖遺物を乗せた「黄金の引き車」の山車行列(「よもやま話」第15回ご参照)が行われ、昼過ぎから中央広場で「リュメソン」と呼ばれる聖ジョルジュとドラゴンの戦いが繰り広げられます。私は先述したマルタン市長からの招待を受け、市庁舎のバルコニーからこのユニークな催し物を見学しました。「ドウドウ」の戦いは40分ほど続くのですが、この間、中央広場に集まった3万人以上といわれる市民の興奮は最高潮に達します。生憎の小雨交じりの天候、しかも季節外れの寒さの中、上半身裸の若衆が押し合い、圧し合いの大騒ぎを繰り広げ、見る方としてはケガ人が出るのではないかと気が気でないほどの迫力です。14世紀に始まったとされる「ドウドウ」は中世から近世にかけて建てられた建築群に囲まれた中で展開され、ちょっとタイム・スリップしたような錯覚にとらわれました。ただ、騎士に扮した聖ジョルジュがドラゴンを退治するのに拳銃を使うところが今風かも知れませんね。なお、この祭りの折、来賓向けのレセプションの場でディ・ルポ首相にお会いしました。首相はモンス市の出身であり、13年前に「モンス市長」になり、今も形式上その肩書を持っています。私との短時間の会話の中で首相は安倍政権の経済政策に対する強い関心を示されました。今や、「アベノミックス」にはヨーロッパにおいても熱い視線が集まっているようですね。

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